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社説・コラム

天風録 「壁うがつ道具」

 つるはしが振り下ろされるたび、コンクリートのかけらが飛び散った。ベルリンを二分した壁が崩されてきょうで25年。一つになったその街で文学賞を贈られ、村上春樹さんは語った。「世界には今も多くの壁がある」▲民族や宗教の違いに不寛容…。横たわる障害は難題ばかり。しかし国境を越えて読まれる作家は誓う。「壁は通り抜けられる。そう感じられる物語を書きたい」。本を読んで想像の翼を広げれば、アリの一穴となろう▲お隣さんは海の向こう。島国の民には国を隔てる境目がイメージしにくい。でも壁は確かにある。しかも高さ、厚さは日ごとに増し、ご近所はすっかり遠ざかっている。何しろ日中トップは2年半もの間、会っていない▲しっくいを競って塗り込めた壁のように、双方はかたくなに。このたび互いの面目を保つ一筆を交わし、やっと折り合った。首脳会談が実現しそうだ。国民が胸の扉に立てたつっかい棒も、外れてくれればいいのだが▲周辺国を難じた本が書店に並ぶ。あちらでも事情は変わらない。先日までは中国の格言に学び、日本の実業家に習うビジネス書も多かったのに。相手を敬う書物をつるはしに、心の壁を崩せぬものか。

(2014年11月9日朝刊掲載)

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