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感動こそ表現の核 松江文学学校 芥川賞作家 新井満さん講義 

「千の風」訳詞・作曲 思い共有 伝える手段

 第一線の作家たちから文学的な教養や表現について連続講座で学ぶ「松江文学学校」。ことし最後の講座が先月、松江市であった。2005年の開校以来、約60人が登壇してきた現在のスタイルは今回で終える。最後の講師に迎えたのは、「千の風になって」の訳詞・作曲で知られる芥川賞作家、新井満さん(68)。歌や朗読を交え、受講生約200人に、感動を伝える多彩な表現の可能性を示した。(石井雄一)

 新井さんは異色の経歴を持つ。大手広告代理店に勤めていた1988年、「尋ね人の時間」で芥川賞を受賞。「ようやく一人前の作家になれる」と喜んだ。その後、日本レコード大賞作曲賞に輝く。受賞作は「千の風になって」。「この歌がどうして生まれたのか」と、講義を切り出した。

 故郷の新潟に住む友人の妻が、がんを患い40代で亡くなった。「友人とその子どもたちの悲しみを何とか慰めてあげたい」。そんな時、作者不詳の英語詩に出合った。「死者が生者を慰める不思議な詩。一読して感動しました」

■被災者の希望

 日本語に翻訳し、メロディーを付けた。私家盤30枚を作り、1枚を友人に送った。残りのうち1枚が新聞記者の手に渡り、全国紙に紹介されて広がった。「死者の分まで元気に生きることが、死者に対する最高の供養になる」と考える。

 東日本大震災後、岩手県陸前高田市の松原に1本だけ残った松を散文詩で表現した写真詩集「希望の木」を刊行した。「現地にあった7万本の松は一つの家族だったのではないか。その家族が一致団結して少女の松を守ってあげた」と思えた。それは、家族を失った悲しみに暮れる被災者に向けた希望の詩だった。

 「悲しみに寄り添い、共有することで、悲しみは2分の1になると思う」。では、他人である私たちに何ができるのか。「そのための芸術表現、文学表現だ」と力を込める。「あらゆる芸術表現の核にあるのは感動。感動を自分以外の誰かに伝えることが芸術表現だ」と説いた。

 新井さんはこの日、「千の風になって」を歌い、作曲した音楽に乗せて「希望の木」を朗読した。「感動を誰かと共有したい時、どう伝えるか葛藤する。その時に芸術表現がある。文学、絵画、音楽。その時に合う選択をしてほしい」と語り掛けた。

■10年で刷新へ

 開校から10年目の節目となった文学学校。講座後、新井さんは「文学人口はどんどん減りつつある。文学の素晴らしさ、文学表現の面白さを伝える講座が、10年も地方で開かれていたのは画期的だ」とたたえた。

 文学学校の主宰者で、松江観光協会観光文化プロデューサーの高橋一清さん(70)は「受講生は毎回、作家たちの大切なメッセージを貪欲に摂取してくれた。そうして心を耕してくれるだけでもこの街は変わる」と、各自の表現活動の先に広がる未来に期待する。

 松江文学学校は来年、回数を半分にして年3回の講座に衣替えする。高橋さんが、著作を出す喜びやジャーナリズムの舞台裏などを語る予定だ。

(2014年11月11日朝刊掲載)

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