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在外被爆者への未払い手当 支給開始1年

■記者 森田裕美

 国が「時効」を理由に払わなかった在外被爆者への未払い手当の支給が始まり、7月1日で1年になる。広島県や広島市で事務手続きが進むなか、関係書類が残っていないために事実確認ができず、支給が受けられない人たちが存在する問題が浮上してきた。

 「昔、広島で治療した時、認定された手当がまだ支払われない」「支給に抜けている期間がある」…。「在韓被爆者渡日治療広島委員会」代表幹事の金信煥(キムシンファン)さん(77)=安佐南区=には昨秋ごろから、韓国からの相談や調査依頼が相次ぐ。「ここ最近でも20件ぐらいはある」という。

 1974年の旧厚生省通達で、日本を出国した被爆者は手当支給が打ち切られていた。しかし、訴訟に相次ぎ敗訴した国は、2002年12月に通達を廃止。海外居住者にも手当支給を決めた。

 ただ、国は過去分のうち、時効(5年)を理由に97年11月以前の分は支払わなかった。この問題でも国は在ブラジル被爆者の訴訟で敗れる。昨年2月、最高裁判決が時効の主張を退けたのだ。国は昨年7月から未払い分の支給を始めた。

民間記録採用が鍵

 「本市保存の資料では確認できない」「手当認定が確認できる証書の提示を」。依頼を受けて文書や窓口で市へ照会をしている金さんにはいま、こんな答えが返ってくる。

 なぜ保存されていないのか。行政文書は通常、所管課の判断で処分できる。県と市の場合、手当受給権者票や健康管理手当の申請書は通常、転出後10年で廃棄している。

 70-90年代に支給を打ち切られた人たちの書類は行政側にはほとんど残っていない。県被爆者対策課は「手掛かりもない状態。申し出を待つしかない」と頭を抱える。

 実は金さんの手元には記録が残る。80-86年に日韓両政府が実施した渡日治療の参加者延べ349人の名簿と、広島委員会独自で84年から続ける渡日治療で来日した延べ532人の名簿、診断書、手当証書の記号番号である。

 うち未払いの可能性があるのは、国が「時効」を主張した97年11月以前に治療に来て手当てを受けた人たち。両政府分のすべてと、広島委員会分のうち305人である。

 金さんは近く、該当者への完全支給を求め、記録を添えて市に照会する意向だ。記録は行政文書ではないが、未払い該当者を割り出す証拠や手掛かりにはなるはずだ。

 市原爆被害対策部の御園生伸二援護課長は「被爆者の立場でできる限りのことをしたい」。現在、こうした民間団体の記録を、未払い分支給の根拠に採用できるかどうか、国に判断を仰いでいる。

30年以上権利阻む

 時効分について県はこの1年で、米国とブラジルの18人への未払いを関係資料から確認、支給した。市は、韓国や米国など11カ国・地域の527人を確認し、支給手続きを進めている。だが、未払い総数がどれだけなのか県、市だけではつかみようがない実態がある。  被爆者はどこにいても被爆者である。その権利を国の通達が30年以上阻んできた。本来は国が、在外被爆者や支援者に協力を要請し、支給を急ぐのが筋だ。実務を担う県と市もあらゆる手段で国に決断を促してほしい。

(2008年6月26日朝刊掲載)

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