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社説・コラム

天風録 「心のケア」

 「生還者の階段」と呼ばれる。米ニューヨークの9・11記念博物館で息をのんだ。旅客機が突っ込んだ高層ビルから逃げようと、人々が実際に駆け降りた。崩れかけたコンクリートが生々しい▲館内を巡ると胸はさらに痛む。感情を失った被災者、現場に駆け付けた同僚や家族、目撃した市民の写真が掲げてあるから。あのテロはいったい、どれほどの人の心も傷つけたのだろう▲9・11は、災害直後の「心のケア」を見直すきっかけとなった。被災者に積極的に体験を語らせる当時の手法は、かえって傷を深めかねないと批判を浴びる。あれだけの大惨事だけに、専門家だけでは対応しきれないことも皆が痛感した▲世界保健機関(WHO)はいま、押し付けにならない応急ケアを提唱している。「助かって良かったじゃないは禁句」「意見を述べず、ただ聴く」。手引書が和訳され、自治体職員やボランティアの間にじわり広がる▲先日、広島市内でも講座があった。被災者にどう言葉を掛けたらいいか分からない―。主催した団体には市民から問い合わせが相次いでいたという。土砂災害から間もなく3カ月。被災者の表情が和らぐ日まで、できることは誰にもある。

(2014年11月18日朝刊掲載)

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