社説 衆院解散 争点は有権者が決める
14年11月25日
国会の議場からも高揚感は感じられなかった。きのう衆院は解散し、来月2日の公示を前に事実上の選挙戦に突入した。
「アベノミクス解散だ」と安倍晋三首相は力説する。しかし来年10月の消費税再増税を先送りすることについて民意を問うとの言い分は、大義名分としては分かりにくい。首をひねったままの有権者も多いはずだ。
臨時国会は打ち切りとなり、旗印だった女性活躍法案などを放りだした。景気先行きが不安視される中で予算編成の遅れなどの政治空白も生まれる。無責任とのそしりは免れまい。
過去の衆院選を思う。小泉政権が郵政民営化のワンテーマで勝負に出た2005年。民主党が政権交代を果たした09年。自民、公明両党が圧勝して政権を奪還した12年。いずれも、その向きはともかく投票行動に影響を及ぼす「風」が吹いていた。
今はどうだろう。風どころか政治のよどみが一段と増しているように思えてならない。
昨夏の参院選に圧勝して生まれた「自民1強時代」のもと、安倍政権は一貫して与党ペースで政策決定と国会運営を進めてきた。今回の解散劇にしても経済政策を前面に掲げつつ、長期政権構想に向けたフリーハンドのお墨付きを得るためではないか、との見方がある。
経済産業相を辞任した小渕優子氏の疑惑など「政治とカネ」の問題で吹き始めた逆風のリセット。さらに原発再稼働など世論の反発を受けそうな課題が待つ来年に向けた政権固め。そうした意図も透けて見えよう。つまるところ自己都合である。
だからこそワンテーマでは困る。菅義偉官房長官は解散に先立ち、「何を問うか問わないかは政権が決める」と発言した。少々慢心してはいないか。争点を決めるのは、有権者自身である。選挙戦で問われるのは、安倍政治そのものであることを忘れてはならない。
日本の行く末を左右し、国民的議論が不可欠な懸案が山積している。その中で安倍政権は数の力で異論を封じ込め、あるいは結論ありきの手法で押し通すスタイルが目立ってきた。
来月10日に施行が迫る特定秘密保護法の拙速な国会審議が象徴だった。与党の一部による密室協議で戦後の安全保障政策を転換させた集団的自衛権の行使容認もそうだ。エネルギー政策にしても原発依存度低減をうたったはずなのに、なし崩し的に「3・11」以前に安易に回帰しつつあるとしか思えない。
一方で社会保障改革や財政再建など国民の暮らしに直結する課題で事実上、先送りされているものも少なくない。
看板の経済政策も、このところの景気悪化で行き詰まりが露呈した。負の側面を軽視したまま「この道しかない」とアベノミクスを自賛したところで、どこまで説得力があろう。
世論調査を見る限り、現時点の情勢は与党側が先んじているように思える。しかし首相が甘くみるならしっぺ返しを受けよう。政権の信任を求めるというなら、まず2年間の歩みを謙虚に振り返るべきだ。そしてあらゆる角度からの論戦を受けて立つ覚悟が問われている。
有権者の側も個々の懸案が今のままでいいのか吟味し、熟慮することから始めたい。しかし何より基本となる各党の公約づくりが突然の解散劇に追いついていないのは気掛かりだ。その点は与党も例外ではない。
惨敗から巻き返しを図る民主党や初めて選挙に臨む維新の党など、野党側も巨大与党への対立軸をまだ示せていない。選挙協力の形も明確ではない。選択肢あっての選挙であることを、強く自覚してもらいたい。
一向に前に進まない選挙制度見直し協議や「身を切る改革」の棚上げ。与野党双方に責任がある問題も少なくない。無党派層の再びの増加が指摘されて久しい。もしもこの選挙で健全な政党政治の姿を取り戻せないのなら、国民の政治不信のさらなる加速も予想されよう。実のある論戦が全てである。
(2014年11月22日朝刊掲載)
「アベノミクス解散だ」と安倍晋三首相は力説する。しかし来年10月の消費税再増税を先送りすることについて民意を問うとの言い分は、大義名分としては分かりにくい。首をひねったままの有権者も多いはずだ。
臨時国会は打ち切りとなり、旗印だった女性活躍法案などを放りだした。景気先行きが不安視される中で予算編成の遅れなどの政治空白も生まれる。無責任とのそしりは免れまい。
見えない風向き
過去の衆院選を思う。小泉政権が郵政民営化のワンテーマで勝負に出た2005年。民主党が政権交代を果たした09年。自民、公明両党が圧勝して政権を奪還した12年。いずれも、その向きはともかく投票行動に影響を及ぼす「風」が吹いていた。
今はどうだろう。風どころか政治のよどみが一段と増しているように思えてならない。
昨夏の参院選に圧勝して生まれた「自民1強時代」のもと、安倍政権は一貫して与党ペースで政策決定と国会運営を進めてきた。今回の解散劇にしても経済政策を前面に掲げつつ、長期政権構想に向けたフリーハンドのお墨付きを得るためではないか、との見方がある。
経済産業相を辞任した小渕優子氏の疑惑など「政治とカネ」の問題で吹き始めた逆風のリセット。さらに原発再稼働など世論の反発を受けそうな課題が待つ来年に向けた政権固め。そうした意図も透けて見えよう。つまるところ自己都合である。
だからこそワンテーマでは困る。菅義偉官房長官は解散に先立ち、「何を問うか問わないかは政権が決める」と発言した。少々慢心してはいないか。争点を決めるのは、有権者自身である。選挙戦で問われるのは、安倍政治そのものであることを忘れてはならない。
結論ありきでは
日本の行く末を左右し、国民的議論が不可欠な懸案が山積している。その中で安倍政権は数の力で異論を封じ込め、あるいは結論ありきの手法で押し通すスタイルが目立ってきた。
来月10日に施行が迫る特定秘密保護法の拙速な国会審議が象徴だった。与党の一部による密室協議で戦後の安全保障政策を転換させた集団的自衛権の行使容認もそうだ。エネルギー政策にしても原発依存度低減をうたったはずなのに、なし崩し的に「3・11」以前に安易に回帰しつつあるとしか思えない。
一方で社会保障改革や財政再建など国民の暮らしに直結する課題で事実上、先送りされているものも少なくない。
看板の経済政策も、このところの景気悪化で行き詰まりが露呈した。負の側面を軽視したまま「この道しかない」とアベノミクスを自賛したところで、どこまで説得力があろう。
世論調査を見る限り、現時点の情勢は与党側が先んじているように思える。しかし首相が甘くみるならしっぺ返しを受けよう。政権の信任を求めるというなら、まず2年間の歩みを謙虚に振り返るべきだ。そしてあらゆる角度からの論戦を受けて立つ覚悟が問われている。
有権者の側も個々の懸案が今のままでいいのか吟味し、熟慮することから始めたい。しかし何より基本となる各党の公約づくりが突然の解散劇に追いついていないのは気掛かりだ。その点は与党も例外ではない。
問われる選択肢
惨敗から巻き返しを図る民主党や初めて選挙に臨む維新の党など、野党側も巨大与党への対立軸をまだ示せていない。選挙協力の形も明確ではない。選択肢あっての選挙であることを、強く自覚してもらいたい。
一向に前に進まない選挙制度見直し協議や「身を切る改革」の棚上げ。与野党双方に責任がある問題も少なくない。無党派層の再びの増加が指摘されて久しい。もしもこの選挙で健全な政党政治の姿を取り戻せないのなら、国民の政治不信のさらなる加速も予想されよう。実のある論戦が全てである。
(2014年11月22日朝刊掲載)