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社説・コラム

『潮流』 カープの「ゲン」

■論説委員・石丸賢

 漫画「はだしのゲン」の単行本が、平和を考える教材にと、学級文庫に並んでいたという。今から約30年前の広島市西区、天満小の教室。休み時間や放課後、文字通り手あかにまみれるほど、夢中で読み返す小3の男の子がいた。

 このたび広島東洋カープの隊列に戻った新井貴浩選手の少年時代である。ゲンの何がそれほど、新井少年の心をつかんで離さなかったのだろう。

 その頃から見守る人々に言わせれば、彼そのものが「ゲン」の姿と二重写しになる人物らしい。

 元気で、がむしゃらで、いじめられっ子を常に気に掛け、かばった。上級生にも立ちはだかる姿をある人は覚えている。「反骨精神がユニホームを着ているようなやつ」と拍手を送り続けてきた人も。

 ゲンの生みの親、故中沢啓治さんも新井ファンだった。東日本大震災が起きた年、プロ野球選手会会長として公式戦の開幕延期をひるまず訴える姿に感じ入ったらしい。時として誤解も招く、武骨な言葉の奥に熱き心を感じ取っていたのだろうか。

 苦しい時には今でも「ゲン」を読んで、元気を取り戻すんです―。夫にそう伝えた新井選手の姿を、中沢さんの妻ミサヨさんが「『はだしのゲン』創作の真実」(中央公論新社)で明かしている。

 今シーズンも優勝への壁を突き破れなかったカープに足りないものは、いったい何なのだろう。勝負どころの交流戦ではずるずると9連敗を喫した。悪い流れを断ち切れない。

 ゲンはどんなときも顔を上げ、背を伸ばす。踏まれて育つ「麦の心」を新井選手が身をもって示し、チームを引っ張れるかどうか。

 カープの「ゲン」から目が離せなくなった。その泥くささが今どきのカープ女子にはどう映るのか、それも楽しみである。

(2014年11月29日朝刊掲載)

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