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社説・コラム

『書評』 光の河 核の脅威映す歌人の人生 中国歌壇選者 道浦さんが小説

 中国歌壇で選者を務める歌人道浦母都子さん(67)=大阪府吹田市=が、小説「光の河」を刊行した。広島、福島、チェルノブイリ。「核」でつながる3都市が舞台だ。女性歌人の波乱の人生を通して、核の脅威にさらされる現代の苦悩を浮かび上がらせている。

 団塊世代の歌人遙子は、大学時代に学生運動で逮捕された経験があり、その後の結婚生活もうまくいかず離婚する。40代半ば、大学のサークル仲間だった佐伯と再会、交友が復活する。広島に住む被爆2世の佐伯は甲状腺がんを患い、「もう、あまり、長くないと思うよ」と明かす。死期を見据える男に遙子は「愛してもいいかしら」と言う。

 遙子は、別れた夫と広島で暮らしていたころ、被爆2世の女性が原因不明の病で急逝するのを目の当たりにした経験があった。だが当時は、被爆の問題と向き合えなかった。そんな思いを胸にチェルノブイリに向かい、東日本大震災後は福島を訪ねた。その後、自らも甲状腺がんを発症する。

 「自らの体験も投影させた」と道浦さん。1975年から約4年間、廿日市市と広島市南区に住んでいた。95年、広島のテレビ局の企画でチェルノブイリ原子力発電所を訪れた。そして、東日本大震災。「福島第1原発事故が起き、3都市がつながった。難しいテーマだが、書き残しておかなければならないミッションのように感じた」

 ヒロシマ、フクシマ、チェルノブイリは歌にも詠んできた。「歌は断片。水の泡をすくっているよう。もっと深みのある物語を描きたかった」と語る。

 物語の終盤、遙子はインドに向かう。「生の延長に死がある国」。道浦さん自身が現地を訪れ、実感したという。「いのち」「死」を見つめ、その恐怖を打ち消す希望も描かれる。

 作中、随所に思いを凝縮した自作の短歌が添えられ、物語を彩る。<別れより愛は生まるるとき寂し笙のようなる海鳴り聞こゆ><いっさいのこころ無になれバラナシに人の匂いの濃き風が吹く>

 道浦さんは「核は、何世代にも影響を及ぼす。もっと身近に考えるきっかけになれば」と話す。

 四六判、320ページ。2052円。潮出版社。(石井雄一)

(2014年12月2日朝刊掲載)

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