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社説・コラム

今を読む 地産地消ふくしまネット特任研究員・平井有太

現状を公開し 道切り開く

 「食タクん」とグーグル検索していただきたい。「笑顔の食卓」という、素朴なキャラクターのツイッターアカウントが見つかるだろう。

 私は原発事故後の2012年10月、福島市に仕事の拠点を移した。単身赴任ゆえ外食ばかりで、おのずと土地の食文化に詳しくなる。旬の魚や果実はもちろん、いまひとつ知名度のない「円盤餃子(ぎょうざ)」なる名物まで、自分で食べてお薦めしたいメニューを日々つぶやくのが「食タクん」。私を含め仲間数人の分身である。

 絶妙な寒暖の差と豊かな土壌の福島県は浜通り、中通り、会津と多様な顔を持つ。特産品を一つに絞れない、ぜいたくな悩みを有す「食の王国」だが、原発事故で大きな打撃を受けた。とりわけ山や森は除染が困難で、海には汚染水の排出が止まらない。

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 事故から3年8か月たった今なお現実は厳しい。福島の農業が直面する問題は、県外の消費者の「ところでお宅では土地の物を食べているんですか」という問いに表れる。

 農家でも小さな子を持つ母親からすれば、不安と悩みがどうにもつきまとう。自分が食べない物は売れない。一方で農地は放置すればするほど復元が難しくなる。先祖伝来の土地と生きる農家には、そもそも自らの田畑を捨てる選択肢は持ち難かった。

 そんな県民感情を払拭(ふっしょく)しようと動きだしたのが、農協と生協の「協同」による「土壌スクリーニング・プロジェクト(どじょスク)」である。JA新ふくしまのエリア、福島市と福島県川俣町が対象で、私も事務局を務めた。

 どじょスクは、ベラルーシから輸入した簡易測定器で約3万8千筆の田畑の放射性物質含有量を1筆3地点ずつ測り、分布マップを作製する。専属スタッフである福島市民と、全国の生協から派遣されたボランティアで四つのチームを編成し、1チームが1日平均20筆を測った。

 作物によって放射性物質が土からどれだけ移行するか、その係数はあらかじめ分かっている。農家が自らの農地の実態を知り、安全性の立証とともに、おいしい農作物を作る誇りを取り戻すことを後押しする取り組みである。

 JA新ふくしまの菅野孝志組合長は「私たちはないがしろにされた、という思いが取り組みにつながった」と語る。実態把握なき対策が農業現場で起きていた。同エリア内で31地点の計測を安全安心の根拠とした行政側が「作らなければ補償しない」と通達する中、農家は自らの農地の実態さえ分からない状況が続いた。いわゆる「風評被害」はその副産物だろう。

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 数多くの被災地支援経験を持つ生協の人たちも、福島が置かれた状況の特異性にまず驚く。実際に測定し、市民であるスタッフ、田畑に姿を見せる農家と交流する。土壌中のセシウムの量が、5メートルも離れれば大きく変動する事実を知り、「福島を正しく伝える伝道師」として地元に帰っていく。そんな生産者と消費者のつながりこそ、福島の食の真の復興の胎動といえよう。

 福島の問題は複雑で流動的だ。一般の報道から実情を捉えるのは難しい。筆舌に尽くし難い努力の上に今があることを知ってもらうには、何が必要か。先の県外の消費者からの質問に答えるには、事故の前、福島の米以外の農作物の県内消費は19%しかなかった事実を省みる必要もあろう。「地産地消」を真に旗印にしなければなるまい。

 そのためには福島の放射線量をとことん計測し、安全性に万全を期す態勢を当たり前にすることだ。今も県が主導し、1袋30キロの米を1千万袋以上測る全袋検査が実施され、あらゆる作物は出荷前の測定が義務づけられている。

 「無理解ゆえに福島県産を買わない消費者は加害者である」といった思い込みに翻弄(ほんろう)されてもいけない。問題のある値が出れば率先して公表し、より有効な策を事故の当事者である国と東京電力から引き出さなければならない。事故後の農家の窮状を世界に公開し続けることは、再発防止にもつながるだろう。

 食の王国の復活へ、食タクんもまた、ささやかな水先案内人であり続けたい。

地産地消ふくしまネット特任研究員・平井有太
 75年東京都文京区生まれ。米ニューヨークのスクール・オブ・ビジュアルアーツ卒。雑誌ライターを経て現職。福島大うつくしまふくしま未来支援センター客員研究員も兼務。共著に「農の再生と食の安全」。

(2014年12月9日朝刊掲載)

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