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社説・コラム

秘密保護法施行 元米政府高官ハルペリン氏に聞く 国際基準軸に 見直しを

 外交、防衛などに関する国の機密漏えいに厳罰を科す特定秘密保護法が10日、施行された。秘密の範囲が拡大解釈され、国民の知る権利が侵害されることへの懸念は拭えないままだ。海外からは、どう見えているのか。秘密保護法制の国際的な指針「ツワネ原則」の取りまとめに関わった元米政府高官、モートン・ハルペリン氏(76)に聞いた。(ワシントン金崎由美)

 ―かねて特定秘密保護法を厳しく批判しています。
 他の多くの国にも国家機密を保護する法律はある。だが日本は、他の民主主義国家と比べても近年の国際的な流れに明らかに逆行している。安全保障に関する情報を秘密にする利益が公開による公益を上回るのだと国民に説明できないならば、政府は秘密指定すべきでない。国民の知る権利は最大限に保障されなければならないからだ。「安全保障」を盾に秘密指定が乱用されないよう、常に検証が求められる。

 ―日本の場合、罰則も重いと感じますか。
 法の文言があいまいで、拡大解釈される恐れが強い。特定秘密を漏らした公務員らに最高10年、「唆し」をした人に最高5年の懲役というのも明らかに重い。そもそも民間人に刑事罰を科すのは他の米同盟国などと比べても特殊だ。

 ―法律が成立して以降も、国民の懸念は積み残されたままです。
 何より、問題を洗い出すには国会審議が短すぎた。例えば南アフリカも秘密保護に関する法律の制定を目指している。3年間の議論の末に議会を通過したものの、今度は大統領が待ったを掛けた。日本とは慎重さが相当違う。

 このような法律自体を否定する気はない。だが政府には国民の意見をじっくりと聞き、法律の意図や内容について説明を尽くす責務がある。その過程で法案の手直しを重ねるべきだった。説明責任は、国際社会に対しても同様だ。

 ―そこまで求めれば内政干渉にはなりませんか。
 基本的人権は、世界人権宣言や国際人権規約という国際的な合意を土台としている。国境を越えて人々が往来する現代世界において、人権の保障は一国の問題ではない。国際的な基準を念頭にした法整備が民主主義国家には求められる。

 ―そのような見地から具体化した指針が「ツワネ原則」ですね。
 国民の知る権利をめぐる判例が各国で蓄積する中、新たな国際基準を求める機運が高まったのがきっかけだった。私の所属する財団が事務局機能や資金を提供した。私自身、原則の策定過程に深く関わった。各国政府に対して拘束力を持つものではない。しかし各国で徐々に注目され始めていると感じている。

 ―米国との情報共有のため、法制定を迫られたともいわれています。
 米政府で核政策という最も機微な分野を担った経験からすれば、それは違う。日本の法制度の不備が情報共有の障害になったことはない。日本が「秘密保持を徹底させる」と言えば、米側が一般論として「歓迎する」と述べるのは当然。その程度の話だろう。

 オバマ政権下で定期的な「日米拡大抑止協議」が始まった。「核の傘」について詳しく情報提供する場をつくることで、核抑止力への信頼を高めるものだ。やはり、情報共有には最初から問題はない。

 ―特定秘密保護法の下でそのような対話が深化すれば、「核の傘」の実態が国民に見えにくくなるという別の問題が生じませんか。
 もっともな懸念だ。ただ私は米国が同盟国のために核抑止力を維持し、信頼されることは不可欠だと考える。協議することの是非にかかわらず、特定秘密保護法の問題点は改善されなければならない。

 ―とはいえ法律は施行されてしまいました。何が求められますか。
 終わりだと諦めないでほしい。ツワネ原則に照らし、法改正を目指すべきだ。特に急がれるのは、報道関係者を対象にした刑事罰をなくすことだろう。報道の萎縮を招いてはならない。同法の運用基準も施行5年後に見直すとしているが、早く取り組むべきだ。

モートン・ハルペリン(元米政府高官)
 38年米ニューヨーク生まれ。米国を代表する核戦略専門家。ジョンソン、ニクソン両政権で沖縄返還交渉や核政策に関わる。クリントン政権で大統領特別顧問。現在、投資家のジョージ・ソロス氏が創設したオープン・ソサエティ財団(ワシントン)の上級顧問。

ツワネ原則
 安全保障のための秘密保護と、知る権利の両立を図るため策定された国際基準。国連関係者、法律家、人権団体メンバーなど70カ国の500人以上が協議を重ね、昨年6月に南アフリカの都市ツワネ(プレトリア)で採択した。国家機密の保持が一定に必要であることは認めながら、拷問や人道に対する罪などの情報は隠してはならないとし、機密指定の範囲に明確な制限を設けるよう求めている。独立した監視機関の設置や、秘密指定の期限を設けることなども盛り込んでいる。

(2014年12月11日朝刊掲載)

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