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『117万都市の行方 広島市長選を前に』 被爆地の使命

■記者 金崎由美

 「原爆犠牲者の声なき声を、後世に伝えるのが生き残った私の責務だ」。元原爆資料館長で被爆者の高橋昭博さん(79)=広島市西区=が9日、同館でドイツから訪れた大学生や兵役拒否の若者たち25人に語り掛けた。

証言者は平均79歳

 高橋さんは一昨年、腰を痛め、車いすで証言を続ける。涙をにじませ、ケロイドで曲がった自らの右腕の写真を示しながら、やけどや病気で苦しんだ体験を言葉にした。デュッセルドルフの大学生ジャン・バウアーさん(20)は「ユダヤ人強制収容所で生き延びた祖父母と重なり心が痛んだ。被爆地での体験を伝えたい」と誓った。

 原爆資料館に証言者で登録する被爆者は高橋さんを含め33人。平均年齢は79.06歳になる。次代に被爆体験を継承しつつ、世界へ思いをどう届けていくのかが問われている。

 秋葉忠利市長はその道筋として、自身が会長を務め、国内外に「同志」を求める平和市長会議に着目した。3期12年の任期中、海外出張は29カ国355日に上る。市議会から「内政軽視」との批判を受けながらも、国際会議などで海外を飛び回った。主に非政府組織(NGO)や国連に人脈を持つ活動家と連携し、平和市長会議への加盟を呼び掛けた。

 その結果、加盟都市は市長就任当初の464から10倍近い4540へ増えた。市の外郭団体である広島平和文化センターの岩崎学・市長会議担当課長は「加盟都市が増えるに連れて平和市長会議の認知度は高まり、さらに数を押し上げる。加盟数の多さは被爆地の訴えの影響力を高めている」と力説する。

 自らの信念を前面に、特に海外で存在感を発揮してきた秋葉市長。核兵器廃絶への国際的な世論づくりを重視する手法を、4月に誕生する新市長は継承するのか、転換するのか―。本部をオーストラリア・メルボルンに置くNGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」のティム・ライト氏は「平和市長会議に対する新市長の考え方は国際的に注目されている」と指摘する。

「世界に比重偏る」

 ただ、秋葉市長の平和行政に対し「世界」に比重を置きすぎだとの意見は少なくない。広島市立大広島平和研究所の田中利幸教授は「市長の活動ばかりが前面に出て、市民を巻き込んだ運動になっていない」と強調。さらに世界の中でも「核兵器廃絶だけでなく、紛争被害に目を向け広島への共感を広げるべきだ」とする。

 平和市長会議の国内の加盟都市を増やそうと、ボランティアの全国行脚に関わった延本真栄子さん(62)=中区=は「米国の核の傘に頼る日本の現状を変えなければ、廃絶の訴えは世界で通用しない。日本政府を動かすことにも力を入れるべきだ」と求める。

 人類史上初めて原爆を投下された広島市。被爆から65年の歳月を経た今も核兵器廃絶への道のりは険しい。被爆地の市長は、その現実にどう立ち向かえばいいのか。「犠牲者の声なき声を後世に伝えたい」。高橋元館長たち被爆者の叫びを背に奮闘し続けることが、広島市長の原点であることに揺るぎはない。

秋葉市政の平和行政
 国内外の加盟都市でつくる平和市長会議を軸にした国際的な活動を強化。2020年までの核兵器廃絶提案「2020ビジョン」を掲げ、キャンペーン事務局をベルギー・イーペル市に設けた。2008年に実現への行程表「ヒロシマ・ナガサキ議定書」を発表。2010年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で採択を目指したが、提案に至らなかった。原爆展は海外11カ国の延べ158都市で開催。2009年から核兵器なき世界の実現に向け世論喚起を狙う「オバマジョリティー・キャンペーン」を展開中。

(2011年3月11日朝刊掲載)

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