×

ニュース

恐怖 被爆者と思い重ね さいたま避難 福島原発周辺住民

■記者 荒木紀貴

 福島第1原発事故で避難を余儀なくされた福島県の住民約2500人が、遠く離れたさいたま市内の避難所に身を寄せている。「安全」と信じてきた原発から放射性物質が漏れ、人体への影響も気に掛かる。避難所を訪れ、原発周辺の住民の思いを聞いた。

 集団避難から一夜明けた20日。第1原発5、6号機のある双葉町からの避難者は1400人に達した。就業者の半数近くが原発関連という「原発の町」の人口の2割に上る。

 「会社から『事故は絶対に起きない』と教育され信じてきた。今は言葉もない…」と、第1原発協力会社の元社員菅野秀夫さん(72)=同町。「自然界には予期せぬことが起きる。やっぱり安全第一。それだけですよ」と言葉を継いだ。

 中国電力が原子炉設置許可を国に申請中の上関原発(山口県上関町)の是非を尋ねてみた。「できれば造らない方がいい。福島以上の事故が起こらないとも限らない、とつくづく思った」と答えた。

 第1原発の協力会社で働く浪江町の門馬広一さん(67)も「福島は人災」と語気を強める。ただ、原発は町に雇用をもたらし、エネルギー資源が乏しい日本に必要とも感じる。「新たな原発を造るなら、事故が二度と起きない対策を講じるのが大前提だ」と求めた。

 国が避難、屋内退避を指示した原発の半径30キロ圏から外れた地域の人もいた。約40キロ離れたいわき市から夫、長男(4)、長女(1)の4人で避難した主婦渡部麻里さん(36)。「最悪の事態になったら、パニックになり避難できなくなる。子どもの健康を考えた」。放射能の知識が少なく不安ばかりが募る日々。目には涙が浮かんだ。

 いわき市の無職男性(60)も「多量の放射線を浴びると、甲状腺がんや白血病になると聞く。広島、長崎の被爆者もそういう思いだったのだろうか」と、核の恐ろしさを感じる。

 「今までは原発と共存してきたが、地域一体で協議しないといけない。複雑な問題だ」。避難所で取材に応じた双葉町の井戸川克隆町長は今後の町づくりについて、こう述べるのが精いっぱいだった。

(2011年3月21日朝刊掲載)

年別アーカイブ