×

社説・コラム

天風録 「ひめゆりの記憶」

 「うさぎ追いし、かの山…」。ひめゆり学徒の少女たちが歌声を響かせる。激戦地だった沖縄本島南部の海岸で70年前にあった光景という。米軍の攻撃から逃げ、最期を覚悟し誰ともなしに▲その場にいて生き残った16歳。昨年暮れに世を去った宮城喜久子さんの手記は胸が詰まる。「弾の落ちて来ない空の下を大手を振って歩きたい!」。歌は途切れ、悔しそうな声が飛んだと。沖縄県民の総意だったろう▲かの唱歌のように古里を、父や母を思いつつ戦火にのまれた人たち。70年たっても米軍機が頭上を行き交う日常に加え、昨年来の政府による冷遇ぶりをどう見ていよう。沖縄振興の予算も5年ぶりに減らされることに▲関係ないと釈明するが、普天間移設にあらがう翁長雄志知事への圧力に違いない。逆に県民が嫌がる移設費はどんと上積む。これでは沖縄で自決した大田実海軍司令官の電文「県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ」が泣く▲宮城さんら元学徒が開いたのが、ひめゆり平和祈念資料館だ。生存者が老い、修学旅行生への講話はこの3月で終えるという。だが戦争の記憶に根差す切なる願いに、ピリオドは打たれまい。山は青く、水は清き、基地のない島を。

(2015年1月15日朝刊掲載)

年別アーカイブ