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社説・コラム

社説 「邦人殺害」警告 即時解放を強く求める

 恐れていた事態が現実のものになったのだろうか。

 イラクからシリアにかけて活動する過激派「イスラム国」とみられる集団が、きのう衝撃的なビデオ声明を動画投稿サイトに出した。2億ドルの身代金を72時間以内に支払わなければ、拘束している日本人2人を殺害するという警告である。

 日本政府がさまざまなチャンネルを通じて事実関係を調査中というが、昨年から安否が気遣われていた湯川遥菜さんと、フリージャーナリストの後藤健二さんとみていいだろう。そもそも身柄拘束自体が許し難い行為であり、強く憤りを覚える。即刻、無条件で2人を解放することを求めたい。

 イスラム国はこれまでも欧米人の人質たちの殺害を予告し、また実行してきた。日本人が巻き込まれたとすれば、初めてのケースとなる。組織の残虐さからすれば相当に危険が切迫していると考えざるを得ない。

 ここに至った経緯は必ずしも明らかではない。湯川さんは自ら経営する「軍事会社」の仕事で昨年7月にシリアに入国し、イスラム国と対立する別の武装組織の部隊に同行するうちに拘束されたと伝えられる。湯川さんの知人でもある後藤さんは、10月に取材のためシリアに向かい、そのまま連絡がつかなくなっていたという。

 どうみても危険な地域に、あえて足を踏み入れた点について疑問視する声もあった。しかし今となっては無事に帰還するよう願うばかりである。

 それにしても、なぜ身代金を求める映像が突然流れたのか。安倍晋三首相の中東歴訪と関係しているとの見方が強い。17日にはエジプトで日本の中東政策について演説し、イスラム国対策として2億ドルの無償資金協力を約束したばかりだ。

 ビデオ声明の要求額と同じである。過激派からすれば日本が自分たちを攻撃する側に回ったと思い込み、意趣返しのつもりなのかもしれない。だが首相演説でイラクやシリアでの難民支援を例示するなど人道援助を前提にした資金協力なのは明らかだ。筋違いというほかない。

 その首相はきのうイスラエルでの記者会見で「国際社会は断固としてテロに屈しない」と明言し、今回の脅迫を厳しく非難した。演説通りの資金提供を実行することも表明した。うなずける発言といえよう。

 とはいえ人質を取られているとすれば日本にとって難しい局面であることに変わりはない。

 首相は「人命第一に考え、各国の協力を得ながら情報収集する」と述べた。少なくともいえるのは巨額の身代金を払うのは到底、現実的ではないということだ。その中で、常軌を逸した相手とどう交渉するのか。

 2人の居場所すらまだ明らかではないが、できるだけ現地に近いところに日本政府の責任者が腰を据え、対応を急ぎたい。イスラム国への包囲網を敷いている各国の力を最大限借りるのは当然のことであろう。

 思えばビデオ声明に先立ち、イスラエルのネタニヤフ首相が安倍首相との会談で「日本もテロに巻き込まれる恐れがある」と注意を促していた。中東における日本のこれからのスタンスが問われる場面でもある。さまざまな意味で、安倍政権の外交力が試されよう。

(2015年1月21日朝刊掲載)

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