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天風録 「御庄博実さんの「燕の歌」」

 「南溟(なんめい)」の2字には胸が詰まる年配の方もいよう。南方の大海の意。あの戦争では父や夫、兄や弟が果てた異郷を指すことがある。<燕とともに南溟の底で/貝になった兄よ>(燕の歌)▲89歳で旅立った詩人の御庄(みしょう)博実さんは、兄を詩で悼んだ。死者の無念を思うことは生者の務めでもあろう。<そんな紙屑(くず)はあなたの右の肺にある空洞に丸めてつめこんでしまいなさいよ>(盲目の秋)と赤紙を憎んだ▲若き日、原子野をさまよう。50年以上たって、その記憶に重なる現実が立ち現れた。茨城・東海村で起きた臨界事故。無残な死を新聞の大見出しで知った▲「青い光」という詩がある。<胸の名札をめくって友人を探し歩いたヒロシマの迷路が/「青い光」の特号活字の裏側に見える>。光の正体を知らないのに人類は原子の火を操ろうとひた走る。その愚を痛感したのか▲最晩年まで詩作を続けた。東日本大震災の潜水捜索ボランティアにささげた「探す」がある。きょうも明日も、あさっても潜る。それぞれの大切な人を捜すために。<ひとの心に切れ目はない/ひとの記憶に切れ目はない>。きっとそうだ。あの戦争の終わりから70年がきても、切れ目ではない。

(2015年1月22日朝刊掲載)

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