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社説・コラム

社説 邦人人質事件 湯川さん殺害か 人質解放の交渉を急げ

 衝撃とともに強い怒りを覚えた。過激派「イスラム国」とみられるグループが拘束した日本人2人のうち、湯川遥菜さんが殺害されたとする画像や音声が突然、インターネット上に流れた。もう一人の人質である後藤健二さんが、その痛ましい写真を持たされていた。

 きのう安倍晋三首相は「信ぴょう性は高い」と認めた。信じがたい蛮行を現実のものとして受け止めざるを得ないのか。家族の胸中は察するに余りある。

 2億ドルという途方もない身代金の支払期限とされた72時間が過ぎて、日本政府としても相手の出方をつかみかねていた中での事態急変である。後藤さんの身の安全が何より案じられる。危害を加えることは絶対に許されない。拘束中の他国の人質とともに、直ちに解放されるべきなのは言うまでもない。

 むろん現実的にみれば、日本政府は依然として難しい対応を迫られていよう。「人命第一」を掲げつつ、国際社会とともにテロには屈しないという姿勢を貫こうとしているからだ。

 これまでのところ相手との接触や情報入手も思うに任せず、手詰まり感も否めない。相手が最初の要求で批判していたイスラム国対策の無償資金協力にしてもそうだ。日本側は「人道援助だ」と強調するメッセージを発したが、ここに至っては相手に伝わったように思えない。

 具体的にどう交渉していけば後藤さんの解放につながるか。新たな声明が本物とすれば手だても変わってくる。身代金は一転して取り下げ、唐突に見える交換条件が示されたからだ。

 日本政府が現地対策本部を置くヨルダンで収監中の死刑囚の釈放である。10年前に首都アンマンで起きた自爆テロ事件の犯人とされる。安倍首相がおとといアブドラ国王との電話会談で人質解放への協力を求めたことを踏まえて、要求を切り替えたふしもあろう。

 かといって、そう簡単な話ではないのは明らかだ。仮に応じるとすれば日本が他国に対して超法規的措置を求める必要があるほか、テロに屈したとの批判も国際社会から出かねない。

 イスラム国の側からすれば、こうして自分たちへの包囲網を分断し、混乱させることが狙いなのかもしれない。ここは予断を排して相手の真意を探り、あらゆる手を尽くして何とか突破口を見いだしたい。

 人質の拘束場所はシリア・イラク国境付近とも伝えられる。情報収集で先んじる各国との連携をさらに密にしたい。新たな声明は回答期限を求めていないようだ。もし交渉の長期化を念頭に置くとすればイスラム国との人質交渉で一定のノウハウを持つトルコ政府や地元の部族、宗教指導者などのルートも引き続き模索する必要がある。

 きょう通常国会が開幕する。イスラム国の手で初めて日本人が犠牲になり、テロの矛先が欧米ばかりではなくわが国に向いたとすれば深刻な意味を持つ。中東との向き合い方、邦人保護の在り方や危機管理など論じるべきテーマは多くなろう。

 ただ人質の救出をめぐり、新たな展開も想定される。当面は審議に支障が出ない範囲なら、外相など関係閣僚の国会出席に関しては一定に配慮する判断も求められよう。人命最優先という点で与党も野党もない。

(2015年1月26日朝刊掲載)

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