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連載・特集

緑地帯 いま 表現を考える 永田浩三 <1>

 漫画「はだしのゲン」の連載が週刊少年ジャンプで始まったのは1973年。私が大学1年生の時だ。私の母は広島の爆心地から800メートル離れた八丁堀で被爆した。大阪で生まれ、被爆2世として育った私は東北の大学に進んだが、同世代が原爆についてほとんど知らないことに驚いた。「ゲン」には、原爆の被害やその後の人生がリアルに描かれていた。「ゲン」をきっかけに友人とヒロシマについて話すことができた。「ゲン」は私にとって恩人のような存在になった。

 2013年夏、松江市の学校図書館から「ゲン」が追放されたことを知った。ネットや街頭で署名を集め松江に駆け付けた結果、元の状態に戻された。私は思った。私が恩を感じた「ゲン」を、今の学生たちはどう受け止めるだろうか。昨年春から、勤務する大学のゼミ生たちと読むことにした。

 子どもの頃に読んだ学生は半数。再読した感想は「古くさくて絵が好きになれない」「ぶん殴るなんて乱暴」「暗すぎる」…。散々だった。しかし、丁寧に読み進むうちに、反応は変わった。なぜ、原爆の後遺症を描いたのか。なぜ、孤児たちはヤクザの手下になったのか。漫画が描かれた背景や、作者中沢啓治さんの人生について調べ、考え始めた。

 「ゲン」はなぜ、差し障りがあるのか。米国による検閲や「図書館の自由」について調べる学生もいた。その中で、学生たちの戦争への思いや、底力を教えられた。(ながた・こうぞう 武蔵大教授=東京都)

(2015年1月16日朝刊掲載)

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