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社説・コラム

天風録 「「イ」の字」

 「テレビの父」と呼ばれた学者、高柳健次郎が大正時代、実験でブラウン管に浮かび上がらせたのは「イ」の字。それから四半世紀余り後の1953年2月1日。日本初のテレビ放送に実を結ぶ▲ただ、当時のニュース番組は日に2回だけで、時間にして計9分しかなかった。世はラジオ華やかなりしころ。二の次のテレビで読み上げる原稿は、その焼き直しも同然だったという。62年前とはいえ隔世の感がある▲放送史に輝く原点の「イ」の字は、いろはのい。事始めの意味合いで選ばれた。戦後70年の今、視聴者の脳裏には、まがまがしくて凶暴な「イ」の字が焼き付いていることだろう。イスラム国を名乗る連中が、後藤健二さんの命をもてあそんでいる▲安否を知る手掛かりはインターネット上に送り付けられ、テレビ網にも流れる。ならず者の一挙一動に24時間、世界中の耳目が引き付けられている。しめしめと、どこかでほくそ笑んでいるかと思えば何とも歯がゆい▲消息の不確かな同胞のニュース。本紙の時事川柳欄に<「イスラム国」もはや遠方のことでなく>とあった。同じ「イ」の字でも、イスラム教と例の国もどきが似て非なることも胸に刻んでおく。

(2015年2月1日朝刊掲載)

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