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社説・コラム

社説 後藤さんも「殺害」 卑劣な蛮行に募る怒り

 アイ・アム・ケンジ―。過激派「イスラム国」を名乗るグループの人質となったフリージャーナリスト後藤健二さんの無事を願い、インターネット上で世界中に広がった声だ。届かなかったことは痛恨極まりない。

 ネット上には後藤さんが殺害されたとみられる衝撃的な映像声明が流され、日本政府も本人の可能性が高いと認めた。解放への望みもあっただけに最悪の展開に言葉を失った。

 湯川遥菜さんに続く卑劣な蛮行に怒りが募る。「テロリストたちを決して許さない」とした安倍晋三首相の声明は、日本人の思いそのものだろう。

 イスラム国には、ほかにもまだ人質が拘束されている。今回の事件で、もう一つの焦点だったヨルダン軍のパイロットも含めて全員を無条件で解放すべきであるのは言うまでもない。

 国際社会の結束がさらに求められる中で、残虐さを増すテロ組織に日本がどう向き合うか。根本から問い直されたことになろう。今後のためにも一連の経緯を十分に検証しておきたい。

 親日国のヨルダン政府と連携した後藤さんの救出劇が一転して悲劇に終わったのはなぜか。ヨルダン側は要求された死刑囚の釈放には応じる意向を固めたものの、その前提として何より重視する自国パイロットの安否確認ができなかった。その点がネックになったのだろう。むろん責めるべきは相手の非道ぶりであり、ヨルダンではない。

 人質交渉を通じては有志国連合によるイスラム国空爆に参加したヨルダンの世論を分断する狙いも垣間見えた。こうした狡猾(こうかつ)さも際立つテロ組織に日本政府が翻弄(ほんろう)されたきらいもある。人命第一を掲げて最大限の努力を続けたのは確かだろうが、なにぶん交渉や情報入手のチャンネルがない。結局は友好国のヨルダンやトルコに頼るしかなかったのも現実であろう。

 日本人2人の最初の身代金要求にしても、安倍首相が中東歴訪の場で「人道援助」とはいえイスラム国対策を約束したことを口実にされた。危機管理という面で脇の甘さを指摘する声もある。教訓を見いだすべきことは多いはずだ。

 問題はこれからだ。新たな声明でイスラム国は日本を有志国連合と同一視し、「場所を問わずに殺りくする」と日本人へのテロを予告した。拠点化したイラク、シリアとその周辺に加えて、ネットワーク化した世界各地の過激派のテロに巻き込まれるリスクも否定できまい。もはや「平和国家だから」「日本人だから」と安心していられる状況は遠ざかりつつあるのか。

 「テロに屈しない」という首相の姿勢は当然のことだ。一方で今回のような事件がまた起きた場合、どう対応するか。与党内には自衛隊による人質救出作戦を望む声もあるが、現実的な手だてとは必ずしも思えない。まず日常的な邦人の安全確保に全力を挙げるのが先である。

 もう一つ気掛かりなのはイスラム社会への偏見が日本人に強まりかねないことだ。世界人口の4分の1を占めるイスラム教徒のうち過激派はほんの一部で大半は善良な隣人である。思えば後藤さんが取材してきたのも中東の紛争地で苦しみながら懸命に生きる普通の市民であり、子どもたちだった。その温かなまなざしを忘れたくない。

(2015年2月2日朝刊掲載)

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