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社説・コラム

社説 邦人の安全 冷静に備える姿勢こそ

 「日本にとっての悪夢が始まる」という脅しは本当に腹立たしい。邦人2人を殺害したとされる過激派「イスラム国」は、新たなテロまで予告した。

 日本人にとってどの程度の脅威となるかは必ずしも読み切れないが、不測の事態に巻き込まれるリスクはこれまで以上に意識せざるを得まい。国際テロに関する政府の対策推進本部の会合がきのう開かれ、菅義偉官房長官も「テロの脅威が現実のものになるという認識の共有を」と関係省庁に指示した。

 在外邦人は125万人以上、海外への渡航者数も年間で延べ1700万人を超える。外務省の対策チームも発足したが、全員の安全確保となると簡単ではなかろう。中東や欧州などに暮らす日本人には不安も広がっているようだ。だがむやみに慌てる必要はない。右往左往すればテロリストの思うつぼだ。

 ここは政府も民間も冷静さを保ちたい。テロ組織の動向の情報収集に努め、できる限り共有していく。万一の備えをできるところから着実に進める。そうした姿勢が欠かせまい。  政府としてはこれまで在外公館の警備強化などに目が向きがちだったが、いま優先して目配りすべきなのは子どもたちの安全ではないか。

 日本人の児童・生徒が学ぶ海外の教育施設は55カ国に139校もある。子どもや女性も平気で巻き込む過激派の残虐さを考えると、標的にされない保証はない。文部科学省が安全対策の徹底や緊急連絡体制の強化を求めたのは当然のことであろう。

 民間企業のリスクも高い。仕事のため広範囲に移動し、さまざまな人と接点を持つビジネスマンらは、時に危険と隣り合わせとなるからだ。企業側の危機管理も問い直されよう。

 今回の事件の教訓として大きな課題となるのが、リスクを伴う地域に日本から向かおうとする人たちの扱いだ。後藤健二さんにしても全土に退避勧告が出されたシリアに入る前に外務省が再三、見合わせるよう要請したと伝えられる。

 憲法で保障した居住・移転の自由との兼ね合いもあり、強制的に渡航を止めるのは難しい。しかし「自己責任」と切り捨てることもできまい。危険情報や勧告などがしっかり伝わるよう啓発強化が急務だろう。旅行者らの側も、謙虚に耳を傾けた上で慎重な行動を心掛けたい。

 政府が頭を悩ませるのは海外の日本人の安全だけではない。2020年の東京五輪を控え、日本国内がテロの標的になり得るという認識はもとより事件の前からあった。しかも訪日外国人を大幅に増やすのは国策だ。そうした中で新たな事態への対応に迫られた格好になる。

 テロリストの動きをどう防ぐか。政府は入国審査の厳格化や外国船舶の立ち入りなど「水際作戦」とともに、空港や重要施設の警戒強化に乗りだす。打つべき手を打つのは当然だが、どこまで実効性があるのか対策を総点検する姿勢が今のうちに求められよう。

 かといって外国人に対する過剰な監視は人権問題となりかねない。かつて警視庁が在日イスラム社会の動向を日常的に厳しく監視していた事実が捜査文書流出で露呈した。警戒すべきはあくまで過激派であり、テロであることを忘れてはならない。

(2015年2月4日朝刊掲載)

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