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社説・コラム

社説 対「イスラム国」 中東の安定図る視線で

 ヨルダンの国挙げての怒りと悲しみは察するに余りある。

 過激派「イスラム国」は、拘束していたヨルダン軍パイロットのモアズ・カサスベ中尉を殺害した。むごたらしい映像をインターネットで流すという暴挙が、またも繰り返された。  ヨルダン当局は即刻、イスラム国が釈放を要求していたサジダ・リシャウィ死刑囚ら2人の死刑を執行した。同国の立場からすれば、当然の報復のつもりなのだろう。

 中尉が殺害されたのは先月3日だと、ヨルダン軍は発表している。事実なら邦人人質事件の折にイスラム国は生存と偽っていたわけで、卑劣極まりない。交渉する意思があったのかも疑わしい。自らの主張を広め、ヨルダンと日本を分断する狙いがあったのかもしれない。

 今回の映像公開は、アブドラ国王が訪米するタイミングに合わせた可能性がある。空爆への非難を盛り込み、イスラム国打倒を掲げる有志国連合への報復の意図がうかがえる。きのうの死刑執行により、さらなるテロを呼ぶ「報復の連鎖」につながる懸念が拭えない。

 イスラム国による脅威は、既に世界に広がっている。勢いを増すテロ組織に支持や忠誠を表明する武装集団が相次ぎ、中東や北アフリカだけでなく、インド、フィリピンなど15カ国29組織に上る。実際に爆破テロや襲撃事件が頻発する。現在はシリアとイラク内にとどまっているイスラム国が、支配地域を拡大していく目標を掲げたという情報も影を落とす。

 イスラム国をここまで増幅させた要因は中東の政情不安が続いてきたことにあろう。イラク戦争、民主化に挫折した「アラブの春」、シリア内戦を見るまでもなく、宗派や民族対立が複雑に絡み合い、多くの国の政権は安定した統治ができているとは言い難い。

 世界中の若者が大勢取り込まれているのも看過できまい。中東や北アフリカでは失業や貧困に直面し、欧州ではイスラム系の移民が差別を受けている。日本からも戦闘員を志願する動きがあった。

 テロの温床となるような経済格差や貧困は広がっていないのか。疎外感を募らせ、過激な思想に傾くほど若者たちを追い込んでいないか。それぞれの国で背景を直視し、手を打っていく必要があろう。

 イスラム国に対してテロ掃討の軍事作戦だけを続けても、解決の兆しは見えてこないのではないか。米国は石油関連施設への空爆は資金源を断つ効果があったという。一理あるが、戦闘員が地域に入り込んで恐怖支配している実態を思えば、武力だけで一掃できるとは思えない。

 日本政府は、軍事作戦への後方支援は考えていないという。中東諸国に難民支援などとして渡す2億ドル(約235億円)を含む2014年度補正予算が成立した。「非暴力」を徹底し、人道支援と並行して紛争の仲介役となっていくべきだろう。

 先の参院予算委員会で、安倍晋三首相は自衛隊の任務拡大を視野に入れ、憲法9条の改正に意欲を示した。海外での武力行使につながりかねず、慎重に議論してきたはずだ。人質事件を理由に進めるのは無理がある。まずやるべき外交の課題は山積している。

(2015年2月5日朝刊掲載)

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