×

社説・コラム

天風録 「春は若狭から」

 菜の花のおひたしが幕の内の隅にのぞく。目元に差す日光にも温かみが戻ってきた。どうやら、冬の背中が見えだした。「都の春は若狭から始まる」という言葉がある。福井県若狭地方である▲例えば、古都奈良に春告げる東大寺のお水取り。10日前には決まって、若狭の寺でお水送りの法要がある。水脈を通じ、二月堂前の井戸に届くと信じられてきた。春告げ魚と喜ばれるシロウオの産地でもある。暦をことほぐことで、都と鄙(ひな)が結ばれる。そんな物語は続くだろうか▲若狭湾には、14基もの原発が立ち並ぶ。そのうちの高浜原発3、4号機が週明けにも新しい規制基準で「合格」のお墨付きを得るという。お水ならぬ電気を送る道は、4年前の福島第1原発事故で閉ざされていた▲電気を待つ都の人を喜ばせたい―。湾のほとりで育った作家水上勉は、鄙の側の真心を「若狭の奉仕力」と呼んだ。原発の是非を口にする時には忘れるなと言いたかったのかもしれない▲とはいえ安全神話の解けた今、再稼働の話には誰しも気が引けよう。水上も林立する原発にはうんざりしていたらしい。大震災で目の当たりにした「福島の冬」。素知らぬ顔をするわけにはいかない。

(2015年2月7日朝刊掲載)

年別アーカイブ