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社説・コラム

『潮流』 作家の原点

■防長本社編集部長・番場真吾

 美しい海岸線で知られる光市の室積。そこからペンネームの由来を想像していた。俳優で作家の室積光さん(59)だ。東京からUターンし、昨年末からこの地で執筆活動を始めている。

 ところが違っていた。ペンネームを思案していたとき「31画がいいよ」とアドバイスを受けたところ、出身地名がぴたりはまったという。俳優業では本名の福田勝洋で活動し、ドラマ「3年B組金八先生」では体育教師を演じたことがある。主役の俳優武田鉄矢さんの画数が同じだった。

 作家としての原点は、俳優を志した20歳にさかのぼる。バイトで生計を立て「生き方」としての俳優の道を進む決意をしたとき、南太平洋で24歳で戦死した叔父を思った。あの時代は生き死にさえ、選ぶすべはなかった。平和という価値が身に染みて分かった。

 最新作は「江戸オリンピック」。明治維新の志士たちが五輪招致で世界を変えようとする。高杉晋作や坂本龍馬たちが生きるのは現代。肩の凝らない文体で、テンポ良く進む。

 だが、次第に展開が気になる。徳川幕府も長州藩も現代に残り、日本以外のアジアは欧米の植民地―。維新どころか、日清、日露も、太平洋戦争も「なかった」という設定だ。荒唐無稽だと最初は一笑に付していたものの、しまいには自問していた。本当にこれらの戦争は回避できなかったのだろうか、と。

 日本は今、一部では東京五輪景気に沸く一方、国内外ともきな臭い。そういえば光という市の名は戦時中、光海軍工廠(こうしょう)の開設に当たって軍部が要請したといわれる。終戦前日に空襲を受ける悲劇も味わった。

 今、室積さんが書き下ろし中の新作は光市を連想させる土地が舞台。埋蔵金の物語だという。にわかに想像し難いが、きっとまた読者に考えさせる仕掛けがあるに違いない。

(2015年2月10日朝刊掲載)

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