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過剰な自粛 「表現の不自由」 「はだしのゲン」や慰安婦テーマの作品… 東京・名古屋で展示やシンポ 

 「反日」「売国」「国益を損ねる」…。朝日新聞による従軍慰安婦報道の誤報問題の前後から、表現活動に対する言説は過激さを増す。松江市の学校図書館での「はだしのゲン」閲覧制限や、物議を醸しそうな芸術作品の美術館からの撤去など、過剰な自粛も広がる。そんな風潮を憂う展示会とシンポジウムが1月下旬、東京と名古屋で相次ぎ開かれ、現代を覆う「表現の不自由」を考える機会となった。(石川昌義)

 東京都練馬区のギャラリーであった「表現の不自由展」の会場には、各地で発表の場を奪われた芸術作品が並んだ。雑誌掲載の際に改変された昭和天皇の風刺画や、公民館便りへの掲載を拒否された護憲俳句、「はだしのゲン」の単行本…。2012年に東京都美術館が「運営要綱に抵触する」との理由で撤去した、慰安婦をイメージした「平和の少女像」もある。

 韓国人カメラマン安世鴻(アン・セホン)さん(34)=名古屋市=は中国や韓国で暮らす元慰安婦を撮影した。カメラメーカーが運営する東京と大阪のギャラリーでの展示が決まっていたが、右翼団体などの抗議で会場使用を拒まれた。

■韓国でも問題に

 展示会はこのメーカーを相手取った訴訟の支援者を中心に企画した。実行委員の一人で、慰安婦問題を扱ったNHKの番組改編問題に制作者として関わった元プロデューサーの永田浩三・武蔵大社会学部教授は「タブーの範囲が歴史認識や原発、憲法など、議論が分かれる分野へと急速に広がっている」と懸念する。

 表現規制は日本だけの問題ではない。同展に韓国から招かれた画家の洪世潭(ホン・ソンダム)さん(59)は昨秋、韓国の現代芸術祭「光州ビエンナーレ」の主催者から出品作の一部改変を求められた。題名は「セウォル5月」。修学旅行生たち約300人が死亡した昨年4月の韓国旅客船沈没事故と、軍事政権が民主化運動を弾圧した光州事件(1980年)の記憶を重ねて描いていた。

 同作で問題とされたのは、朴槿恵(パク・クネ)大統領をかかしで表現し、軍政を担った父の朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領や古参政治家に操られている様子を描いた部分だった。

 これに対し、改変に抗議する市民が作品を縦7・5メートル、横30メートルに引き伸ばして掲げ、大挙して会場に乗り込んだ。同ビエンナーレに版画を出品した大浦信行さん(66)=川崎市=も、抗議の意志を示す紙片を自作に付け加えた。「作品はアトリエで完結しない。現実の中で民衆と呼吸しながら動くことを発見した」と市民の抵抗に意義を見いだす。

 名古屋大でのシンポジウムでは、市民が抵抗の主体とならず、むしろ「自主規制の原動力」となっている現状に議論が集中した。

■議論排除に警鐘

 同大大学院文学研究科の日比嘉高准教授は、慰安婦問題を扱ったドキュメンタリー映画を韓国人教員が講義で上映した広島大へ、新聞報道を受け全国から抗議が殺到した例を挙げた。「映画の内容に疑問を持つ学生が学内で議論せず、マスコミに『反日講義だ』と投書した点が衝撃だった。インターネットでの情報拡散もあって萎縮は広がり、どこの大学でも起こりうる」と強調した。

 青山学院大文学部の佐藤泉教授は、朝鮮半島の南北分断に反対して武装蜂起した済州島(韓国)の住民を軍や警察が虐殺した「4・3事件」(48年)を挙げ、「恐怖で人は記憶にふたをすることもある」と指摘。「今の日本には露骨な言論弾圧はないが、政治的な議論を排除する『中立性のレトリック』が一般化している。意見が分かれるテーマを語る言葉を知らず知らずのうちに失う『自由のような不自由』が世間に充満している」と警鐘を鳴らす。

(2015年2月10日朝刊掲載)

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