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社説・コラム

『書評』 郷土の本 「まぼろしの故郷」 満州と被爆地 激動の家族史

 旧満州(中国東北部)に生まれた広島市南区の松井公子さん(71)が、自らの家族史を題材にした小説「まぼろしの故郷~満州国安東市」=写真=を刊行した。

 北朝鮮との国境に位置する安東(現遼寧省丹東)で松井さんは生まれた。父吉田登さん(1983年に90歳で死去)をモデルとした「正吉」の渡航から物語を書き起こす。

 13歳で安東の呉服店に奉公へ出た大阪生まれの正吉は、兄を頼って広島から満州に渡った「チズ」と見合い結婚する。「父母の死後、当時の写真や手紙を整理するうちに、父母の満州の思い出を記録したくなった」と松井さん。幼くして終戦を迎えた松井さんに満州の記憶がないため、小説の形式を取ったという。

 親族を頼り敗戦翌年に戻った広島は、原爆で廃虚と化していた。魚の行商を始めた一家は雑貨の商いで生計を立てた。「激動の時代を精いっぱい生きた家族の歴史」(松井さん)は、被爆地の庶民史そのものだ。

 草木短歌会広島支部の会員でもある松井さん。要所に配した自作の短歌が作品のアクセントになっている。207ページ、1188円。文芸社。(石川昌義)

(2015年2月15日朝刊掲載)

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