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福島第1原発事故 専門家座談会 ≪詳報≫

■記者 下久保聖司

健康管理 国際的枠組みを

 福島第1原発事故は、25年前のチェルノブイリ原発事故と並ぶ史上最悪の惨事となった。放射性物質の拡散が続く中、被爆地の蓄積をどう生かすか、中国新聞社は23日、専門家4人の座談会を広島市中区で開いた。首相官邸の原子力災害専門家グループ(8人)に入った広島大原爆放射線医科学研究所の神谷研二所長と放射線影響研究所(放影研)の児玉和紀主席研究員の2氏に加え、広島赤十字・原爆病院の土肥博雄院長、広島県健康福祉局の佐々木昌弘局長。ヒロシマを代表する医師たちはフクシマでの長期的な住民健康調査の必要性を確認。被曝(ひばく)線量を正確に把握するため、国際的な体制づくりについて提言した。(文中敬称略)

≪出席者の皆さん≫

広島大原爆放射線医科学研究所長 神谷研二氏
放射線影響研究所主席研究員   児玉和紀氏
広島赤十字・原爆病院長     土肥博雄氏
広島県健康福祉局長       佐々木昌弘氏

≪司会≫

中国新聞社論説副主幹 山内雅弥

■現状

放射線に不安とストレス 神谷氏

 ―フクシマの現状をどう捉えていますか。
 神谷 文部科学省のモニタリングでは、非常に微量な放射線の放出が続いている。チェルノブイリ原発事故(1986年)では、10日間で放出が止まった。福島の住民は、環境中に放射線が存在する生活で、先が見えない状況に不安とストレスを感じているようだ。

 児玉 放出された放射性物質はヨウ素131とセシウム137の二つが多い。子どもの甲状腺がんのリスクなどについて、住民に情報がうまく伝わっているのだろうか。

 神谷 チェルノブイリでは放射性ヨウ素で汚染された食品が出回ったのが、子どもの甲状腺がんにつながったとされる。今回日本では、きちんと食品の流通管理をした。広島大は福島県飯舘村を中心に千人以上の子どもの甲状腺を調べたが、心配するような蓄積はなかった。

 ―原発作業員や、放水作業に当たった消防署員たちに健康障害が出る恐れはありますか。
 神谷 政府は事故から4日後、緊急作業時に限り、原発作業員の被曝線量限度(5年間)を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げた。100ミリシーベルトを超えると、がんのリスクが高まる可能性がある。しっかりとした健康調査が必要だろう。

 土肥 今回の関係者も転職や退職をすると、継続的に把握することが難しくなる。

 児玉 チェルノブイリでは、汚染地域に戻って暮らす人がいた。福島でも同じことが想定される。累積線量をしっかり測って、健康管理をしてあげないといけない。

 ―どのような基準で原発周辺の避難区域が決まったのですか。国の説明は、住民に十分理解されていません。
 神谷 住民の年間被曝限度量を20ミリシーベルトとし、それをもって安全管理の基準と考えているようだ。

 児玉 国際放射線防護委員会(ICRP)は事故から10日後、住民の年間被曝限度量について三つの基準を示した。緊急時は20~100ミリシーベルト、緊急事故後の復旧時は1~20ミリシーベルト、平常時は1ミリシーベルト以下とした。

 佐々木 基準としては妥当だと評価しているが、なぜ避難しなければならないかなど、基準の持つ意味が伝わっていない印象がある。その努力を惜しんではならないと、強く感じる。

 ―学校では放射線量が毎時3・8マイクロシーベルト以上の時は、屋外活動を制限していますね。
 神谷 地元では校庭の土の入れ替えを求める声もある。市民を安心させるには、放射線のリスク説明だけでなく、具体的な対策が必要だろう。

 土肥 チェルノブイリでは実際に、汚染地域の表土を10センチ削った。汚染土を埋める場所を探すのが大変な問題だったけど。

 佐々木 安全説明のつもりが、逆に不安をあおることもある。リスクの伝え方は難しい。

 児玉 市民には、放射線を正しく理解して、正しく怖がってほしいと思う。


■ヒロシマの蓄積

被曝治療でイニシアチブ 土肥氏
疫学調査のノウハウ提供 児玉氏

 ―ヒロシマ、ナガサキの蓄積をどのように生かすべきでしょうか。
 土肥 チェルノブイリ原発事故でも、広島と長崎の専門家が呼ばれた。原爆と同じように白血病患者が増えると思ったが、白血病は増加しなかった。事故5年後、1991年のシンポジウムで、子どもの甲状腺がんの増加が報告された。放射線のパターンで影響が異なることが分かった。福島でも被爆者を長年フォローしてきた広島がイニシアチブを取るべきだと思う。

 神谷 福島では放射線の直接的影響だけでなく、精神的影響も含めた身体に及ぼす影響の評価システムをつくる必要がある。

 最初の症例報告では放射線との因果関係が分からない。ただし、それを積み重ねていくと、集団としての全体像が見えてきて、精度の高い情報になる。この分野では、放影研が培ってきた手法を活用すべきだ。

 児玉 福島では、大きな集団を対象とした疫学調査になるだろう。被曝した人も、しなかった人も含めて。放影研は前身の原爆傷害調査委員会(ABCC)時代を含めて今年で64年目になる。長年培ったノウハウを提供するのは、広島の使命だと思っている。ICRPの放射線防護基準も、広島、長崎の原爆被爆者のデータが基になっている。

 ―放射線量による健康被害の基準はあるのでしょうか。 
 土肥 一般人は普通に暮らしていても、年に1~2.5ミリシーベルトの放射線を自然界から受けている。年間蓄積が数ミリ~10ミリシーベルトでは影響があるとは思えない。

 神谷 今回問題なのは、100ミリシーベルト以下の健康へのリスク。放影研の原爆被爆者のデータで見ても、100ミリシーベルト以下の影響は分かりにくい。

 ただそれで本当に影響がないといえるかは別問題。遺伝情報レベルの解析や、生体の反応である細胞応答現象、分子科学的な健康影響の研究も重要になる。

 児玉 確かに、疫学調査とともに、動物実験や基礎科学などの知見を総合しなければならない。放射線の影響調査は、住民や原発作業員の健康管理にもつながる。病気の早期発見、早期治療にもつながることを知ってほしい。


■これから

避難所の公衆衛生 支援 佐々木氏

  ―現在の活動とこれからの目標を聞かせてください。
 神谷 広島大は西ブロックの3次被曝医療機関で、事故翌日から緊急被曝医療チームを派遣した。今月24日で12班目。福島県庁オフサイトセンターの医療班チームに加わった。作業員や自衛隊員がいる施設では、重症度を判定し、搬送先を決めるトリアージも担う。住民対象の汚染検査や啓発活動も行っている。

 緊急被曝した人が出た場合は、放射線医学総合研究所(千葉市)と連携する。広島大が忙しくなるのは高い線量を浴びた患者が出た場合だろう。どんな状況にも対応できるスタッフと施設がそろっている。

 ―放影研はどのような貢献を想定していますか。
 児玉 広島、長崎の被爆者約12万人を集団調査している。今回も10万、20万人への聞き取りが必要になるだろう。調査には、(1)集団をいかに設定するか(2)被曝線量をどう推定するか(3)健康情報や死因をどう把握するか―が必須条件となる。これらを把握するには、公的なデータベースへのアクセスが必要。それには国の協力が不可欠だ。がんなどの登録制度をつくってほしい。どのような病気になったかが分かるような仕組みも必要だ。

 神谷 現地の住民は生活そのものが大変な状態。単なる調査では受け入れてもらいにくい。最初の目的は住民の健康をケアするということを大前提にするべきだろう。

 ―放射線被曝者医療国際協力推進協議会(HICARE=ハイケア)の役割は。
 土肥 現地で医療支援に当たっている人たちが、自分自身への健康不安を抱えていたので、放射線量測定を中心としたチームを派遣した。今後のフォローも考えている。福島から地元に帰った人がどの医療機関に行けばいいか、地方の医療機関の先生に対する放射線関連の研修をしたい。

 ―広島県は保健師を多数派遣しましたね。
 佐々木 66年前の原爆投下の時に、いろいろな県が助けてくれた。その恩返しでもある。今回は、避難所の公衆衛生的な支援が必要と思う。

 ―世界中がフクシマに注目しています。
 土肥 チェルノブイリ事故の時のように、福島でも調査や研究に、外国の組織を複数入れたらどうか。そうすることで、データも国際的な信頼を得られる。

 児玉 日本だけの知恵でやるよりは、世界中の知恵を結集するべきだ。世界保健機関(WHO)に放射線緊急時医療準備・支援ネットワーク「REMPAN」がある。広島大は連携機関で、放影研も協力センターだ。

 神谷 緊急被曝医療のネットワークとしては、国際原子力機関(IAEA)のRANETという組織もある。それにも広島大は参加している。

 ―今後の課題を教えてください。
 神谷 事態が長期化しており、不安が募っている住民へのケアが欠かせない。住民の健康データを把握するプラットホームは国際的な枠組みで作るべきだろう。

 児玉 住民や原発作業員たちの健康管理体制をつくる。その影響を公正に10年以上のスパンでみていく。チェルノブイリでは25年、ヒロシマでは60年たっても、まだ影響が続いている。腰を据えてオールジャパン、そして全世界で取り組まなければならない。

 土肥 国や東京電力などからの情報が乏しい。原発の中の状況がどうなのか積極的な情報公開をしてほしい。

 佐々木 広島県は、日本政府と国際機関など各方面の橋渡し役となる。広島県民へのメッセージ発信にも努めたい。どのような基準で食品の流通や出荷が制限されているのかなど、タイムリーな情報を伝えていく。

かみや・けんじ
 広島大医学部卒。米国の大学研究員などを経て、2011年に通算4期目の現職。原発事故後、内閣官房政策調査員や福島県放射線健康リスク管理アドバイザーに。専門は放射線障害医学。真庭市出身。60歳。

どひ・ひろお
 広島大医学部卒。1984年に広島赤十字病院内科部長。院長に就いた2004年、放射線被曝者医療国際協力推進協議会(HICARE)会長に就任。専門は血液内科。東広島市出身。65歳

こだま・かずのり
 広島大医学部卒。放影研の前身、原爆傷害調査委員会(ABCC)入り。米エール大臨床医や広島大教授、放影研疫学部長などを経て、2004年に現職。専門は疫学。廿日市市出身。63歳。

ささき・まさひろ
 秋田大医学部卒。秋田県の病院で医師経験を積んだ後、厚生省(現厚生労働省)入り。国立病院課長補佐や医療安全推進室長などを経て、2009年から現職。秋田県横手市出身。41歳。

(2011年4月30日朝刊掲載)

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