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社説・コラム

『記者縦横』 ゲン翻訳 ヒロシマ発信

■報道部・明知隼二

 漫画家中沢啓治さん(1939~2012年)の代表作「はだしのゲン」1巻が1月、アラビア語に翻訳された。これで22言語目。中東ではペルシャ語に続き2言語目となる。訳者は広島大で博士号を取得し、現在はエジプトのカイロ大で日本語学を教えるマーヒル・エルシリビーニー教授(55)だ。

 「『繰り返してはいけない』という広島の人たちのメッセージを伝えるのが私の役割」と、2巻以降の翻訳にも意欲を燃やす。背景には、民主化運動「アラブの春」以降、混迷を極める中東への危機感もある。事実上の核兵器保有国イスラエルや、核開発が取りざたされるイラン…。「混乱の中で核兵器が使われれば、広島の何十倍もの悲劇になりかねない」と憂う。

 「言語は目的ではなく、平和を広げる手段」が言語学者としての信念だという。「私はそのために日本語を学び、教えています」とも。ジャーナリストの後藤健二さんたちが過激派組織「イスラム国」に拘束された際には、日本のジャーナリスト団体が出した「命を奪うな」との声明のアラビア語訳に協力した。

 取材のため、広島―カイロ間でしつこいほど電子メールでのやりとりを重ねた。長文の返信が送られてくるたび、文末には必ず「また何かあれば遠慮なくどうぞ」と書き添えられていた。対話をいとわないその姿勢に「言葉は平和のために」との信念の一端を見る思いがした。

(2015年3月6日朝刊掲載)

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