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社説・コラム

天風録 「「まちんと」松谷みよ子さん」

 行動力ある人だったようだ。昔話の採集中に日が暮れ、通りがかったトラックの荷台に、血を流したイノシシと一緒に乗せてもらったという。歌人東直子さんもファンで、そんな逸話を聞いている▲きのう作家松谷みよ子さんの訃報を聞いた。絵本「まちんと」が最近、本紙ジュニアライター「この一作」に登場したばかりだったのに。戦争を語り継ぐとは説明することではない。そんな「作者のことば」が巻頭に▲ピカに焼かれた幼子はトマトを「まちんと」欲しがって息絶えた。声を出せたなら、こう言うだろう。広島弁の「まちっと」を上手に言えんかったんよ―。三つにもならない子まで、親から奪った非道が伝わる▲同僚記者から、絵本「いないいないばあ」を借りて開いた。「にゃあにゃ」から「のんちゃん」まで、しまいに「ばあ」なら誰しも笑う。皆いるよ、いなくならないよ―。これも松谷さんの願いだったのかもしれない▲鈴木三重吉を慕って広島の墓前に献花する姿が6年前の本紙にある。彼の娘への思いにならい、子どもができたら書くと決めたのが「ちいさいモモちゃん」だ。強い母でもあった。まちんと、この国の行く末を見ていてほしかった。

(2015年3月10日朝刊掲載)

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