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社説・コラム

天風録 「桃が笑う日」

 あの日の後も厳しい冷え込みが続いた。寒の戻りに4年たっても古里に戻れぬ人たちの胸中を思う。きょうは七十二候の「桃始めて笑う」。素朴な花が顔をほころばせ、咲きだす日だというのに▲桃を誇る産地の福島でも、いまだ心から花をめでる気持ちにはなれまい。12万人近くの仮住まいに消えない健康への不安。文字通り出口の見えない寒いトンネルに待たされたままの被災者は、私たちの身近にも暮らす▲原発事故現場の汚染水騒ぎも、どんよりとした冬空に戻ったよう。ただ光が全く見えないわけではない。3・11から程なく福島で会った桃農家に近況を尋ねると、注文が戻り始めたらしい。電話の向こうの声が弾んだ▲拳を震わせ嘆いた姿は忘れられない。線量検査をパスしても風評被害のため全然売れなかったという。ジュース向けの実でさえ取引停止の通告に、泣く泣く畑に埋めた悔しさも聞いた。少しずつ思いが晴れてくれれば▲きょうの節目に被災地の明暗さまざまなニュースが伝えられよう。当たり前の暮らしが戻るのを、遠くからでも祈りたい。ふだん着でふだんの心桃の花(細見綾子)。花が咲くところに本当の笑顔が集いますように、と。

(2015年3月11日朝刊掲載)

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