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深作映画「社会を直視」 「仁義なき戦い」研究 米准教授 メッセージ性評価

 昨年11月に亡くなった俳優菅原文太さん主演で、戦後広島の暴力団抗争を描いた映画「仁義なき戦い」。シリーズを手掛けた深作欣二監督(2003年に72歳で死去)の作品を研究する米デラウェア大外国語学部のレイチェル・ハッチンソン准教授(43)が名古屋大であったシンポジウムに参加し、「ストレートな暴力表現に、戦後日本の矛盾と反米メッセージを織り込んだ社会的作品」と評価した。

 1月下旬にあった「表現の不自由」をめぐるシンポジウム。ハッチンソン准教授は、原爆のきのこ雲を大写しにした第1作(1973年)の冒頭シーンを紹介した。「広島、長崎の原爆被害は戦後しばらく、連合国軍総司令部(GHQ)の検閲対象となった。深作の反米主張を象徴している」と強調した。

 呉市を舞台にした第1作の序盤では、米兵による女性暴行や闇市の混沌(こんとん)を描いた。ハッチンソン准教授は「日本でも『下品』『広島をどぎつく利用しているだけ』との批判があった。地方議員と暴力団の癒着や覚せい剤のまん延も描き、日本社会の醜さを直視したからこその反発だった」と分析する。

 「仁義なき戦い」は「実録路線」の草分けとして、国内では高く評価された。しかし、米国での評価は低かったという。

 深作はその後もアクション大作を連発するが、中学生同士の殺し合いを描いた「バトル・ロワイアル」(00年)は、神戸連続児童殺傷事件(97年)などの少年犯罪が相次いだ時代背景から「青少年への悪影響」が問題視された。映倫管理委員会(現在の映画倫理委員会)は、同作を「15歳未満入場禁止」に指定。国会議員を対象にした異例の試写会もあり、町村信孝文部相(当時)は自主規制の徹底を求めた。

 ハッチンソン准教授は「権力が問題視したのは、教育を目的に政府が子ども同士の殺し合いをシステム化するという設定」と指摘する。また、生き残った中学生2人が「走れ」と叫ぶラストに深作のメッセージを読み取る。「当時の社会は同作を挑発的な作品と受け止めた。教育というシステムから若者が走り去っては困るからだ」とみる。

 深作は同作の続編製作中に倒れ、この世を去る。ハッチンソン准教授は「深作は映画を通じた社会批判を常に追求した」と評価する。一方で、「暴力表現だけを見て社会批判を抑制するのは危険なアイデアだ」と映画界の自主規制をけん制した。(石川昌義)

(2015年3月13日朝刊掲載)

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