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社説・コラム

社説 チュニジアのテロ リスクの把握が後手に

 またしても日本人が海外で重大なテロに巻き込まれた。

 チュニジアの首都チュニスで発生した武装集団による博物館襲撃である。犠牲になった外国人観光客の中に、首都圏の女性3人が含まれていた。銃撃の負傷者の状況も気掛かりだ。

 断じて許せない蛮行であり、何の罪もない観光客を標的にした点でも悪質極まりない。

 1997年に邦人10人を含む多くの外国人が殺害されたエジプトの観光地ルクソールでのテロ事件を思い出す。観光を主産業とするチュニジア政府にとって、誇るべき拠点施設が襲われたのは大きな痛手となろう。テロの狙いも、まさにその点にあるという見方ができる。

 カイドセブシ大統領はイスラム過激派のテロと断じ、治安部隊が射殺した犯人グループの2人について「アンサール・シャリア」と呼ばれる組織に関係していたことを明らかにした。

 シリアやイラクの一部を支配する過激派「イスラム国」が関わったかどうかは、はっきりしない。しかし日本人2人の殺害に象徴されるように、残虐行為をエスカレートさせる巨大なテロ組織の動きに触発された可能性は少なくとも否定できまい。今後の備えのためにも関係国で背景の解明を急くべきだ。

 それにしても今回のテロが国際社会にとって衝撃だったのは「民主化の優等生」の国で起きたことだ。4年前に「アラブの春」の出発点となり、唯一の成功例とまでいわれてきた。

 独裁政権が倒れた後でむしろ混乱に陥ったリビアなど周辺の国々に対し、チュニジアでは欧米流の民主化プロセスが着々と進んできたのは確かだ。新憲法が制定され、選挙を経て世俗派の大統領のもとで挙国一致内閣が発足したばかりである。

 何より治安が安定しているように見えたことが、古代ローマ時代以来の歴史遺産に魅せられた観光客を引き寄せる要因になってきたのは間違いない。

 半面、経済の停滞や貧困の広がりなど国民が抱く閉塞(へいそく)感を、西側からすれば過小に見てきたきらいはなかったか。現にイスラム国の約2万人の外国人戦闘員のうち最多の3千人がチュニジア人との推定がある。訓練を受けて帰国すれば、たちまちテロリスト予備軍となり得る。

 犠牲になった日本人は旅行会社を通じて地中海沿岸の都市を巡るクルーズ船に乗っていたようだ。当日、チュニスに入港したばかりとも聞く。まさか自分たちがテロに遭うとは、予想だにしていなかっただろう。

 結果論だが日本政府として現地の潜在的な危険性をもっと早く見極め、旅行業界などと情報を共有しておくことは可能だったかもしれない。きのうになってチュニジア入国者に注意を促す「渡航情報」を出し、首都の危険情報を1段階引き上げた。遅きに失した感もある。

 この事件を受け、安倍晋三首相は「国際社会と連携してテロとの戦いに全力を尽くす」と述べた。与党からは海外で日本人が人質になった場合の救出シミュレーションをせよ、との声も出た。そんな議論を急ぐ場合なのだろうか。

 今や世界のどこに行ったとしてもテロのリスクに直面する。現実をこれまで以上に直視し、国民と危機感を共有していく取り組みがまず求められよう。

(2015年3月20日朝刊掲載)

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