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社説・コラム

天風録 「ジャスミンとテロ」

 華やかで強い香りが、鼻の奥に広がる。中国料理の後によく出てくるジャスミン茶は好き嫌いが分かれるかもしれない。その花は、北アフリカのチュニジアに咲き誇るシンボルでもある▲4年前には、世界中の人たちがその香りを好ましく思っただろう。地中海を臨む小さな国で、独裁政権を倒す政変が起こる。ジャスミン革命―。「アラブの春」に咲いた花の匂いが消えようとしているのか気掛かりだ▲国の歴史を象徴する博物館近くで銃声が響く。自動小銃で撃たれる。ローマ時代の荘厳なモザイク画が見守る前での蛮行を誰が予見しただろう。邦人を含む多くの命が奪われた。いつどこで狙われるか分からない時代なのか▲かつて中日新聞の中東特派員だった田原牧さんのルポ「ジャスミンの残り香」を手に取った。春を迎えた後、革命の果実がみるみる失われるさまを描く。だからこそ、不条理をまかり通らせない社会の底力が要る、と▲憤りとともに底知れぬ恐怖を感じさせるテロは理不尽さの極みだ。「永遠の不服従」こそ大事だと田原さんは言う。どんな暴力も許さず前へ進む意味なのだろう。私たちは忘れることはない。平和を呼ぶジャスミンの香りを。

(2015年3月20日朝刊掲載)

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