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社説・コラム

広島本大賞 受賞者に聞く <小説部門> 「八月の青い蝶」 周防柳さん

広島本大賞 受賞者に聞く

 第5回広島本大賞の小説部門で受賞した作家周防柳さん(50)に、著作に込めた思いや執筆にまつわるエピソードを聞いた。(石井雄一)

被爆語らぬ父の心紡ぐ

 ヒロシマに向き合った物語が、被爆70年の広島で書店員の目に留まった。「被爆を語り継いでいく潮流の渦巻きに巻き込まれていくような、自然なきっかけにこの本がなったらと思う」

 受賞作「八月の青い蝶」は、被爆体験を黙して語らなかった父がモデル。その父の心境を、創作の力でよみがえらせるように紡いでいった。建物疎開作業中に被爆した旧制中学の生徒が65年後、急性骨髄性白血病となる。死期が迫る病床で、あの朝、断ち切られた初恋の記憶をたどる。

 東京生まれ。5歳から小学4年まで大竹市、小学5年からは岩国市で暮らした。こどもの日、米海兵隊岩国基地に家族や友人と訪れた記憶が印象的だ。「子ども心に、何か不思議な、遊園地みたいに見えた」

 岩国高を経て早稲田大第一文学部に進んだ。卒業後は言葉を扱う仕事に就きたかったが、就職活動がうまくいかず、大手総合化学メーカーに就職。「こんなところに入るはずじゃなかった」。その後、転機が訪れる。自社のPR誌を発行する企画が認められた。一線の作家に化学を切り口に寄稿してもらう内容だった。

 数年後、バブルが崩壊。PR誌はすぐに打ち切られた。それを機に、PR誌の仕事を一緒にやっていた編集プロダクションに移った。そこに約10年間在籍し、その後はフリーのライターになった。歴史番組や教養番組の副読本に、解説やコラムを書くような仕事。分野を問わずに引き受け、「何でも屋の雑ライターだった」と振り返る。

 2009年に父が白血病を発病し、「今聞いておかないと」と思ったのがデビュー作となった今作を書いたきっかけ。「前と違うものをテーマにしたくなる」と、2作目は歴史小説、3月下旬に刊行の3作目はミステリーだ。「雑ライターの修業のような経験が、ちりのように積もっている。今までためておいて良かった」。そんな「回り道」をしみじみとかみしめる。

(2015年3月20日朝刊掲載)

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