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社説・コラム

『書評』 我、かく闘えり 久保信保著 大震災 長官決断の記録

 東日本大震災の発生当時、著者は消防庁長官だった。史上初めて緊急消防援助隊の出動を全国に指示。全消防職員の5人に1人が被災地へ応援に向かい、避難誘導などに携わった。未経験でマニュアルもない緊急時に刻一刻下すトップの決断は、日本消防の現状と課題を明らかにする。

 最大の任務は原発事故への対応だった。冷却水注入は、福島第1原発で爆発が起きた瞬間から、単なる注水ではなくなっていた。再爆発、被曝(ひばく)の危険があった。

 これほどの原発事故は前例がなく、具体的かつ現実的な問題として詰められていなかった。消防組織の位置づけ、消防隊員の安全策や保障措置…。一刻を争う対応に迫られる中、消防投入を決断。それと同時に、法律の整合性、安全対策などを担保するため、首相官邸や閣内を駆け回って道筋をつくっていった。

 喫緊の課題は、東京都の管轄する東京消防庁の速やかな応援派遣だった。当時の、片山善博総務相に手続きを相談、菅直人首相にも伝える。同庁の新井雄治消防総監と必要な大義、東京都が受ける条件などを何度も話し合う。首相が都知事に要請、了承を受けるという手続きが必要だった―。この辺り、淡々とした記述であるがゆえ、逆に緊迫する空気を想像させる。

 いまだ手がつけられていない消防の課題も指摘する。一つは、国策で原発事故対応に派遣する隊員の法的身分。一時的にでも国家公務員とするべきだという。二つ目は、国の関与を強めるための国直属部隊の創設。いずれも論議が尽くされていないと懸念する。

 著者はもともと自治省(現総務省)事務官。広島県副知事、自治財政局長などを歴任した。しかし、東日本大震災に遭遇して、公務員としての経験は全て「この日のための訓練だったとさえ思った」。

 他にも、最近の大災害として広島土砂災害、福山市ホテル火災に言及。全国どこでも同様の災害が起きる可能性を説く。本書は消防サイドに限定されてはいるが、分野を超えたトップの在り方も教えてくれる。(祖川浩也・編集委員)

近代消防社・1620円

(2015年3月22日朝刊掲載)

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