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社説・コラム

天風録 「黒い雨の跡」

 肌や服に落ちた異様な雨粒の記憶は今なお鮮明なのだろう。あの日に降った黒い雨。70年もたつのに指定区域の外では国の援護がないままだ。これではやりきれぬと、体に不安を抱える人たちが被爆者手帳の申請に踏み切った▲却下され、県市を相手取る形で提訴するのは織り込み済み。雨の範囲が実は6倍だった、という地元の最新調査すら無視された憤りはよく分かる。声を上げてきた中には卒寿の人も。「最後の挑戦」という言葉が重い▲火の玉が広島の街を焦土に変えた。数え切れない人々が無差別に焼かれ、黒い雨を浴びた。「摂氏4000度からの未来」と題された新たな楽曲は怒りや鎮魂を表す。広島生まれの作曲家糀場(こうじば)富美子さんが書き上げた▲偏見を心配してか、父はわが子が結婚するまでは手帳を申請しなかった。その姿もあって、ヒロシマをテーマとする重さは胸にある。1年かけて音を紡ぎ、前向きなメッセージも織り込んだ。鐘の音や風鈴を清らかに▲楽譜には雨粒のように音符が並んでいるのだろう。だが、その調べは平和の祈りとよみがえった街へのエール。あさって広島交響楽団が初めて奏でる。胸に刻み、傷が癒えぬ人たちを思いたい。

(2015年3月25日朝刊掲載)

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