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戦争体験者 立ち上がる 集団的自衛権の行使容認 広島地裁訴訟2件 苦難の人生 原点

 集団的自衛権の行使を容認する昨年7月の閣議決定は戦争放棄を定めた憲法に違反するとして、閣議決定の無効を求める訴訟が広島地裁で2件起こされた。いずれも、空襲を経験するなどした70代の男性が原告。「集団的自衛権の行使は戦争につながりかねない」と危機感を募らせ、弁護士を立てない本人訴訟で争っている。(根石大輔)

 「戦争の悲惨さは、経験した人はみな分かっている。再び戦争に巻き込まれることは何としても止めないと」。広島市東区の会社員の杉林晴行さん(75)は、昨年8月に訴えを起こした理由を説明する。

 杉林さんは1945年7月1日、5歳の時に呉空襲を体験。防空壕(ごう)に逃げ込んで難を逃れたが生家は跡形もなくなった。終戦直後に父親を病気で亡くし、サツマイモやジャガイモばかりを食べる生活。山で木の実を採って空腹を紛らわせ、新聞配達で家計を支えたという。

 中学卒業後に就職。銀行や不動産会社で働き、妻と娘3人を養った。特定の支持政党はないが、ただ、戦争を知る世代として、この閣議決定には納得できなかった。元三重県職員が無効確認を求める本人訴訟を東京地裁に起こしたことを新聞で知り、電話で連絡。訴訟手続きを教えてもらい、憲法を読み込んで訴状を書き上げ、提訴した。

 昨年12月の一審広島地裁、ことし2月の二審広島高裁はいずれも敗訴。閣議決定は内閣の意思決定にすぎず、法律のように国民の権利義務に直接影響を与えないため「本人に関わる具体的な紛争ではない」として門前払いされた。それでも杉林さんは「平和憲法を守りたい。最高裁まで闘う」と前を向く。

 反対の声を上げたのは杉林さんだけではない。戦時中に空襲で真っ赤になった空を今も覚えているという倉敷市の無職景山輝久さん(74)も昨年7月、同様の訴訟を起こした。  もともとは自民党の支持者だったが、集団的自衛権の行使には反対だった。市民団体や学者グループが裁判を起こさないのにしびれを切らし、自ら提訴した。

 「国民投票を経た憲法改正でなく、閣議決定で憲法解釈を変更して行使を認めようとする姿勢にも納得がいかない」。14日の判決言い渡しを待つ。

 杉林さんは、国防や外交の秘密漏えいの罰則を強化した特定秘密保護法についても、憲法が保障する知る権利を侵害するとして同法の無効を求める訴訟を起こしている。「戦争で大切な人の命を奪われる思いを、もう二度と誰にも味わってほしくない」。次世代への思いが70歳を超えた身を突き動かす。

集団的自衛権
 密接な関係の他国が武力攻撃を受けた場合、自国が直接攻撃されていなくても共同で防衛する国際法上の権利。歴代政権は、憲法9条が許容する「必要最小限度の自衛権の範囲を超える」と解釈し、行使を禁じてきたが、安倍政権は昨年7月の閣議決定で憲法解釈を変更。日本の存立が脅かされ国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある▽国民を守るために他に適当な手段がない―などの場合に武力行使を容認するとした。

(2015年4月1日朝刊掲載)

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