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社説・コラム

社説 露「核先制使用」想定 北方領土巻き込むのか

 ロシア軍の信じがたい戦略が明らかになった。

 先月中旬に行った大規模な軍事演習でのことだ。極東を舞台の一つとし、米軍や北大西洋条約機構(NATO)軍とみられる仮想敵の攻撃があれば、核兵器の限定的な先制使用もありうると想定していたという。

 さらに見過ごせないのはロシア太平洋艦隊の原潜が活動するオホーツク海を重要な防衛ラインと見立て、千島列島を仮想の戦場としていたことだ。軍事的に重んじる北方領土の国後島や択捉島も含まれている。

 もちろん核兵器の使用を考えること自体許されないが、北方領土は日本に帰属しているだけに衝撃度はより大きい。場合によっては、被爆国日本の領土が再び「核の戦場」と化す可能性すらあるからだ。

 1年前のウクライナ政変をめぐり、核兵器使用を準備していたことを示唆したプーチン大統領の発言に続き、被爆地広島では憤りが募る。加えて北方四島の返還を待ち望む人たちも不安をかき立てられていよう。

 ウクライナ問題から増幅した「新冷戦」とも呼ばれるロシアと欧米の緊張関係が、極東に波及しつつある。演習の背景については、そんな見方もできる。事ここに至っては、領土問題も含めて日ロ関係の改善を望める局面とはとても思えない。

 日本はもっと毅然(きぜん)とロシアと向き合うべきだ。米オバマ大統領の2009年のプラハ演説を機に一度はうねりとなった核軍縮の道に、どう引き戻すかに力を尽くす必要がある。

 そのためにもロシアの一連の動きから見えてきた現実を十分に検証しておきたい。

 何よりプーチン政権の核兵器依存体質が一段と強まっていることだ。同じ軍事演習においては欧州と隣り合う地域にも核戦力を配備したという。

 米国と並ぶ核大国であることを国民に誇示し、同時に欧米に対するけん制カードにしているにすぎない―。そうした見方はもはや甘いのではないか。

 もう一つ言えるのは「戦術核」の削減交渉が手付かずだったつけが回っていることだ。

 このところ停滞する米ロの核兵器削減交渉は、お互いの国を標的とする戦略核に重きを置いてきた。射程の短いミサイルや戦闘機用の核爆弾といった局地的な戦争を想定した戦術核については、棚上げされたままだ。その保有数では、ロシアは米国をはるかに上回るとみられる。仮に極東で使用されるとすればこの類いであろう。

 さらに気掛かりなのは、核を持っていても相手より先には使わない「先制不使用」への機運が後退しつつあることだ。

 今回の演習でみられるようにロシアは通常兵器の攻撃であっても核による反撃を容認している。核兵器なき世界をうたったはずのオバマ大統領もいまだ先制不使用は表明していない。核保有5大国で唯一宣言した中国にしても、2年前に発表した国防白書でその文言を落とすなど本心が疑われたこともある。

 核拡散防止条約(NPT)再検討会議の開幕が月末に迫る。ロシアをはじめ保有国がこれでは会議の成否が危ぶまれよう。特に先制不使用宣言は核兵器廃絶へのプロセスの上で大切な一歩になるはずだ。そこに立ち戻る流れを再びつくりたい。

(2015年4月3日朝刊掲載)

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