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社説・コラム

天風録 「アンネの家」

 アムステルダムの美しい運河沿いにその家はあった。長い間行きたかった「アンネの日記」の主人公の隠れ家に広島の若者たちと足を運んだ。回転式本棚の裏側の入り口から細く急な階段を上る▲アンネが暮らした部屋は狭い。しばらくいると息苦しくなる。「日中はカーテンを1インチでも開けることはできません」と日記はつづる。いつナチスに捕まるか分からない恐怖の下で、家族と2年間も息をひそめ続けた▲犠牲者は600万人に及ぶとも。欧州の地ではユダヤ人迫害は今なお、どんな状況でも軽口すら許されないタブーだ。ホロコーストというヒトラーの狂気を食い止められなかった各国では70年たっても厳しい自戒が続く▲核兵器の使用も戦後、軽々に口にできないタブーだったはず。なのに昨今のロシアはどうか。かの大統領をはじめ、時と場合によっては使って当然という声が急に強まり始めた。事もあろうに極東の島々においてさえ▲15歳で命を落とした少女の日記は小さな文字でびっしりと。「この忌まわしい戦争もいつかは終わるでしょう」。その言葉通りにナチスは倒れた。ただアンネの願いは本当に実現したのかどうか。地球という大きな家の中で。

(2015年4月3日朝刊掲載)

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