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チェルノ原発事故題材の児童書 復刊へ 広島の作家 中澤さん

■記者 森田裕美

 四半世紀前の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故を題材にした児童書で、絶版になっている「あしたは晴れた空の下で~ぼくたちのチェルノブイリ」(汐文社)がこの夏、復刊される。福島第1原発事故を受け、要望が相次いだためだ。執筆した広島市東区の作家中澤晶子さん(58)は「もう一度私たちは、人知を超えた原子力エネルギーを使ってきた現実に向き合い、未来を真剣に考えるべきだ」と訴える。

繰り返す悲劇 大人の責任

 東日本大震災が発生した3月11日、中澤さんは仕事で東京にいた。経験したことのない大きな揺れに「近くの原発は大丈夫か」との思いが頭をよぎった。懸念は現実に。福島の事故はいまだ収束の兆しが見えない。

 世界中を放射能汚染の恐怖に陥れた1986年のチェルノブイリ原発事故。「当時日本でも多くの人が、肌感覚でこのままではいけないと思ったはずなのに、うかうかしている間に、この地震大国に54基もの原発ができるのを許し、次世代の未来を汚してしまった」。中澤さんは自らを悔いるように語る。

 「あした―」は、チェルノブイリ原発事故後、実際に放射能汚染の恐怖にさらされた旧西ドイツの友人から寄せられた報告や資料を基に書き、2年後の1988年に出版された。

 主人公はケルンに暮らす小学6年の日本人少年トオル。チェルノブイリの事故で放射性物質を含んだ雲はドイツにもやってくる。トオルは屋外で大好きなサッカーができなくなり、食卓からは地元野菜や牛乳が消える。買いだめに走る人も増え、目に見えない放射線の恐怖に市民生活はパニックに。そんな中、トオルのママが新しい命を授かる―。平穏な日常を失う困惑や怒り、悲しみが少年の目を通してつづられる。

 「これまで便利な暮らしがしたい、楽に暮らしたいと電気をどんどん使ってきたくせに、原発だけを非難することができるの」。登場する子どもが口にする素朴な言葉は、今の私たちにも鋭く突き刺さる。

 中澤さんは名古屋市で生まれ、中高時代を広島市で過ごした。中学入学直前、初めて入った原爆資料館で見た光景に衝撃を受けた。「人間ってこんなひどいことができるんだ」

 被爆2世の友人も多かった。被爆した親は差別を恐れて口を閉ざし、目に見えない放射線の後障害や遺伝的影響におびえていた。  「同じ思いをこれから福島の子どもたちがしていくかと思うと本当につらい。ひとたび核が暴走すると将来に禍根が残る。そうした事実から目を背けてはならない」

 1996年に6刷で絶版になって以降も、熱心な教員によって横浜市の一部中学校の平和学習で読み継がれきた。中澤さんは毎年、修学旅行で広島を訪れる横浜市の生徒に話をする。そして今年。福島の事故後、「なぜ同じような事故が起こらないようにしなかったのか」との感想も寄せられた。「つまり私たち大人の責任」と中澤さん。

 要望が相次いで決まった復刊。中澤さんは思いを込める。「本来なら書棚の隅で眠っているはずの作品が、不幸な事故で復刊となった。福島の事故には間に合わなかったけれど、今度こそ同じことを繰り返さないために私たちの生活を見直し、どう生きるかを一緒に考えましょう」

 復刊本は、8月上旬には書店に並ぶ予定だ。

(2011年6月7日朝刊掲載)

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