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「ヒロシマを学び発信」 不安や怖さも 被爆者が背中押す 被爆体験伝承者の50人

 広島市で初の「被爆体験伝承者」に9日就いた50人。被爆の記憶を受け継ぐ決意と、「本当にあの日を語れるのか」との不安が入り交じる中、被爆者たちに背中を押され、ヒロシマの語り手として歩み始める。

 「頑張らないと。でも怖さも消えない」。中区の広島国際会議場。南区の主婦上田知子さん(56)は、受け取ったばかりの伝承者の委嘱書を見つめて心境を吐露した。

 両親とも被爆者。その父の姉、母の兄も原爆に奪われた。消えることのない苦しみを人びとに強いた悲惨さを伝えようと、3年前、市の研修に飛び込み、被爆者中西巌さん(85)=呉市=と向き合った。半生と思いはみっちり聞いたが、自らが体験していない「あの日」を語る不安はやはり消えない、という。

 「大丈夫」と太鼓判を押したのは、中西さんだった。「共に学び、悩み、思いを受け取ってもらった。私だけでなく亡くなった原爆犠牲者の願いを次代へつないでくれるはず」。近年は体力の衰えも感じるといい、「世界は平和にほど遠い。核兵器廃絶の悲願を何とか実現しないと」と思いを託す。そんな声に、上田さんも「子どもたちのためにも命の大切さを伝える」と笑顔を見せた。

 伝承者50人のうち45人は広島県内在住だが、東京や関西地方の4都府県から通い続けた人もいる。飲食店に勤めながら司法の道を志す高岡昌裕さん(35)もその一人。安佐北区出身。今は兵庫県明石市に住む。「くじけそうにもなったが、誰かがやらないと。子どもたちに考えるきっかけが提供できれば」と力を込める。

 市は20日から毎日、平和記念公園(中区)を訪れた観光客向けに伝承者の講話会を開く。2015年度も1期生108人のうち今回任命された50人を除く残りの受講生と、2期生54人、3期生29人の研修を続け、新たに4期生も募る方針だ。原爆資料館啓発課は「子どもに年の近い若者や外国語が堪能な人が増えれば、発信力も強まる」と期待している。(田中美千子)

(2015年4月10日朝刊掲載)

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