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社説・コラム

『書評』 フル ボディ バーデン(上・下) クリステン・アイバーセン著、新田準訳 家族史に影さす核汚染

 連邦捜査局(FBI)と環境保護庁のGメンコンビを、名画「明日に向かって撃て!」の主人公ブッチとサンダンスにたとえるくだりでは思わず手に汗握った。米国コロラド州のロッキーフラッツ核施設に司直のメスが入った日の描写だ。「ただし現実のエンディングは映画より少しハッピーエンドになっている」

 広島と長崎への原爆投下から5年後の1950年。トルーマン大統領が水爆開発にゴーサインを出し、核融合を引き起こすのに必要な起爆装置―プルトニウム・ピットの大量生産が必要になった。その工場が52年にロッキーフラッツの地で操業開始したのである。

 ピットはトリガー(引き金)と呼ばれている。原爆と言わず、ガジェット(仕掛け)と言い習わしたのと同じような印象を受ける。

 ロッキーフラッツ核施設はたびたび火災を起こし、プルトニウムを風下にまき散らす。放射性廃液や化学物質も投棄され、土壌、地下水、小川、湖などが汚染された。住民の反対運動が起き、その違法操業にやっと司直のメスが入ったのは89年のことで、そのまま操業停止に追い込まれた。

 書名「フル ボディ バーデン」は「(放射性物質の)体内最大負荷量」を意味する。だが美しい書影は核汚染のまがまがしさより、著者の幼少期の思い出をイメージさせる。2児の母でもある彼女はロッキー山脈を望むこの地で育ち、草原に愛馬を走らせた。

 そんな一家族の物語と同時進行で、核汚染は忍び寄る。何げない日常を、知らず知らず脅かすものの恐ろしさ。それに加担する者がいることも悲しい。

 ロッキーフラッツは今、解体と除染の途上にあり、敷地の一部は「野生動物保護区」に生かすという。当局は保護区は安全だ、表土は入れ替えた、と主張する。だが著者はこう記す。

 「犯罪の結果として引き起こされた環境汚染の全容は、陪審室の中に閉じ込められたままだ」

 風化との闘いは続く。いや、違う国の話でもない。(佐田尾信作・論説主幹)

凱風社・上巻1728円 下巻1944円

(2015年4月12日朝刊掲載)

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