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社説・コラム

『書評』 話題の1冊 戦艦大和講義 一ノ瀬俊也著 技術や美象徴する「神」

 70年前の4月6日に周南市の徳山沖を出港し、翌7日に鹿児島県沖の東シナ海で沈んだ戦艦大和。呉海軍工廠(こうしょう)(呉市)で建造され、戦後は小説やアニメのモチーフになった巨大戦艦を通して、日本人の戦争への意識を問い直した力作だ。著者は日本近現代史を専門とする埼玉大准教授。この本は同大での講義録を基にしている。

 日露戦争の成功体験から日本軍が「大艦巨砲主義」に陥り、空軍力に勝る米軍に大敗する経緯から説き起こす。圧巻は戦後編だ。小説や漫画、雑誌、テレビに映画、戦艦を美少女に擬したネットゲーム「艦隊これくしょん―艦これ―」まで。戦艦大和が時代によって多様な受け止められ方をされている実態を膨大な資料で解明していく。

 戦艦大和は、米軍が上陸した沖縄へ「海上特攻」する途中で米軍に沈められた。「一億総特攻」の先駆とされた大和だが、その後の日本は広島、長崎への原爆投下など大きな犠牲を払いながら、無条件降伏を選ぶ。

 大和の元乗組員、吉田満の小説「戦艦大和ノ最期」(1952年)は、大和沈没を「戦後日本の再生のため」と意義づけた。大和の技術力に注目し、60年代の少年誌で人気を博した「大図解」や、娯楽大作としてヒットしたアニメ「宇宙戦艦ヤマト」は、果たせなかった「一億総特攻」の暗い記憶を書き換える役割を担った。こうした経緯から、戦後の日本人にとって大和は、科学技術や美を象徴する「〈神〉だった」と結論づける。

 呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)が展示する大和の10分の1模型や乗組員の遺書からも「戦艦大和の技術力が戦後日本の進歩の礎になった」とのメッセージを読み取る。著者いわく「日本の技術力復興と繁栄持続を祈願すべく建造された神殿」。戦後日本人の「大和観」の結晶として呉を訪れる際の参考にもなる。(石川昌義)(人文書院・2160円)

(2015年4月12日朝刊掲載)

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