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社説・コラム

天風録 「文化財に宿る魂」

 遠いメソポタミア文明も、くさび形文字というと学校で習った記憶がよみがえるだろう。イラクの3千年前の遺跡が砂煙とともに消えた。翼を持つ獣の浮き彫りなどが爆薬で跡形もなく▲「イスラム国」を名乗る過激派が蛮行を繰り返す。「偶像を一掃する」というが、遺跡は太古の昔から今に至るわたしたちの足跡である。むやみに葬るとは嘆かわしい。国と称しても、文化を築く気などないのだろう▲「大木を倒す木霊(こだま)や山眠る」。きのう読者文芸面に深い畏敬を感じさせる句があった。廃屋の庭に立つ杉を、神の宿る木と感じたのか「心の中でわびながら」切ったという。メソポタミアの遺跡にも時超えて語りかける、いにしえ人の魂が宿っていただろうに▲もっともシルクロードのこちらの国にも不心得者は潜む。奈良や京都を中心にして、多くの寺社で油のような液体をまかれる被害が相次ぐ。大仏のおわす東大寺をはじめ国宝、重要文化財の建物や木像に無残な染みが▲憂さ晴らしのいたずらか、身勝手な供養のつもりか。いにしえの記憶を刻む文化財を傷つける行為は許せない。先人の魂や木霊が発する声に耳を傾けないで、心の平安が訪れるはずもない。

(2015年4月14日朝刊掲載)

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