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社説・コラム

天風録 「悪夢の日から100年」

 「黄白色の雲が地をはう。襲われたフランス軍は…」。ある英国人記者はそう打電した。兵士たちが血を吐くせき、呼吸に詰まる胸。紫色になった顔に開かない唇。今読んでも背筋が寒くなる▲100年前のきょう、ベルギーのイーペルで広がった地獄絵図だ。第1次世界大戦の激戦地でドイツ軍が放った塩素ガスの犠牲者は5千人ともいう。化学兵器の初の本格使用として人類の暗黒史に刻まれる惨事だろう▲非人道兵器という悪夢の引き金となったに違いない。報復の応酬のため各国の毒ガス開発は加速する。ドイツが2年後に同じ戦場で使ったマスクで防げぬ猛毒―。イペリットは10年余りで瀬戸内の島で造られるまでに▲竹原市沖の大久野島で働いた一人に背中を見せてもらったことがある。茶色い染みが無数に残る。防毒服を着ても悪魔のような毒素が染みついたからだ。平和が訪れた後も息が詰まり、たんが出る病との闘いは続いた▲当時のあるドイツ軍司令官の自戒も伝わる。「文明が進めば進むほど人間は卑劣になる」。悲しいかな否定できない。混迷のシリアで塩素ガス使用、という先祖返りのニュースも打電された。イーペルの暗黒日に、再び目を。

(2015年4月22日朝刊掲載)

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