社説 首相官邸にドローン 危機管理の「穴」鮮明に
15年4月24日
24時間、厳戒態勢のはずの警備陣にとって失態であり、とんだ恥をかいたことになろう。
首相官邸屋上で見つかった小型無人機「ドローン」である。放射性セシウムを微量に含む液体が入った容器やカメラなどを搭載していたという。いつ飛来したのかすら判然としないが、悪意を持って侵入させたと考えるのが自然ではないか。
官邸を狙った直接的なテロ行為とも言い切れない。警視庁が捜査本部を置いたのも威力業務妨害などの疑いである。政治的メッセージがあるのか、あるいは騒動を楽しむ「愉快犯」なのか。予断を排し、事実関係の解明を急いでもらいたい。
今回の事態はさまざまな点で衝撃度が大きい。一つは放射性物質が安易に使われたことだ。たとえ人体への影響が軽微だとしても許されるはずがない。
放射性セシウムは自然界にはほとんど存在せず、原発事故や核実験で拡散する。それだけに福島第1原発事故との関連を指摘する声も捜査本部にあるようだ。無人機を操った人物が放射線の影響を理解しているとは到底思えない。被爆地広島としても強く危惧せざるを得ない。
さらに見過ごせないのは国の中枢のテロ対策の穴を、くっきりと浮き彫りにしたことだ。仮に強力な爆発物が積まれていたと想像すると空恐ろしい。
既に官邸周辺のほか重要施設の警備強化が叫ばれつつある。ただ実のところ、こうした問題はかねての懸案だったはずだ。例えば20年前のオウム事件でも無線操縦のヘリを使ったサリン攻撃をどう防ぐかが、政府内で心配された経緯がある。
その後、同様の事態に対する危機管理が、どこまで徹底されてきただろう。少なくとも急速に普及するドローンへの対策では明らかに後手に回った。
安価で操縦が容易なことから日本国内にも数千機が存在するとされる。なのに航空法上も空港周辺以外なら野放しに近い。操縦免許もいらないため、利用者の実態すら分からない。
災害調査や報道などに役立てられている半面、墜落などのトラブルも相次ぐ。さらには上空からの撮影やデータ収集は、場合によってはプライバシーを侵害しかねない。こうした問題の議論も進んでいない。
今こそ歯止めをしっかりと考える段階といえよう。
日本は首脳国主要会議を来年に、東京五輪を5年後に控えている。さすがに政府も慌てたのだろう。きょう関係省庁の会議を開き、遅れていた法規制の議論を加速させるという。航空法改正による規制強化のほか、免許制、登録制などの仕組みが浮上してくるかもしれない。
一方で難しい問題もはらむ。この1月にドローンがホワイトハウスに墜落するなどした米国では一定の規制はあるものの、産業界の反発もあって本格的な歯止め策は道半ばと聞く。
そもそも米国におけるドローン開発の理由自体、軍事目的にほかならない。アフガニスタンやパキスタンなどで米軍が盛んに爆撃に使い、国際社会から非難されている無人機の技術とは本質的に変わらない。
公共のセキュリティーの確保と民間による活用のバランスを取るためには、技術の進歩の功罪について十分に検証しておく議論も欠かせない。
(2015年4月24日朝刊掲載)
首相官邸屋上で見つかった小型無人機「ドローン」である。放射性セシウムを微量に含む液体が入った容器やカメラなどを搭載していたという。いつ飛来したのかすら判然としないが、悪意を持って侵入させたと考えるのが自然ではないか。
官邸を狙った直接的なテロ行為とも言い切れない。警視庁が捜査本部を置いたのも威力業務妨害などの疑いである。政治的メッセージがあるのか、あるいは騒動を楽しむ「愉快犯」なのか。予断を排し、事実関係の解明を急いでもらいたい。
今回の事態はさまざまな点で衝撃度が大きい。一つは放射性物質が安易に使われたことだ。たとえ人体への影響が軽微だとしても許されるはずがない。
放射性セシウムは自然界にはほとんど存在せず、原発事故や核実験で拡散する。それだけに福島第1原発事故との関連を指摘する声も捜査本部にあるようだ。無人機を操った人物が放射線の影響を理解しているとは到底思えない。被爆地広島としても強く危惧せざるを得ない。
さらに見過ごせないのは国の中枢のテロ対策の穴を、くっきりと浮き彫りにしたことだ。仮に強力な爆発物が積まれていたと想像すると空恐ろしい。
既に官邸周辺のほか重要施設の警備強化が叫ばれつつある。ただ実のところ、こうした問題はかねての懸案だったはずだ。例えば20年前のオウム事件でも無線操縦のヘリを使ったサリン攻撃をどう防ぐかが、政府内で心配された経緯がある。
その後、同様の事態に対する危機管理が、どこまで徹底されてきただろう。少なくとも急速に普及するドローンへの対策では明らかに後手に回った。
安価で操縦が容易なことから日本国内にも数千機が存在するとされる。なのに航空法上も空港周辺以外なら野放しに近い。操縦免許もいらないため、利用者の実態すら分からない。
災害調査や報道などに役立てられている半面、墜落などのトラブルも相次ぐ。さらには上空からの撮影やデータ収集は、場合によってはプライバシーを侵害しかねない。こうした問題の議論も進んでいない。
今こそ歯止めをしっかりと考える段階といえよう。
日本は首脳国主要会議を来年に、東京五輪を5年後に控えている。さすがに政府も慌てたのだろう。きょう関係省庁の会議を開き、遅れていた法規制の議論を加速させるという。航空法改正による規制強化のほか、免許制、登録制などの仕組みが浮上してくるかもしれない。
一方で難しい問題もはらむ。この1月にドローンがホワイトハウスに墜落するなどした米国では一定の規制はあるものの、産業界の反発もあって本格的な歯止め策は道半ばと聞く。
そもそも米国におけるドローン開発の理由自体、軍事目的にほかならない。アフガニスタンやパキスタンなどで米軍が盛んに爆撃に使い、国際社会から非難されている無人機の技術とは本質的に変わらない。
公共のセキュリティーの確保と民間による活用のバランスを取るためには、技術の進歩の功罪について十分に検証しておく議論も欠かせない。
(2015年4月24日朝刊掲載)