×

連載・特集

ヒロシマの願い世界を動かすか NPT再検討会議 米で27日開幕

 「核兵器なき世界」への道筋は見えるのか。5年に1度の核拡散防止条約(NPT)再検討会議が27日、米ニューヨークの国連本部で始まる。加盟190カ国の代表が一堂に会し、5月22日まで4週にわたって核軍縮や核不拡散の在り方を交渉する会議。被爆70年を迎え、老いた被爆者たちも渡米し、廃絶を求める切実な声を届ける機会にもなる。国際社会で今、核兵器被害の悲惨さに焦点を当てた禁止の訴えが広がる一方、核超大国である米国とロシアの対立をはじめ廃絶の流れを妨げる動きも出ている。会議を前に、今回の成否を左右する論点と、被爆地を代表するトップたちの思いを紹介する。(田中美千子、藤村潤平)

非人道性を議論 違法化焦点に

 前回のNPT再検討会議から5年の最も前向きな変化は、核兵器の非人道性をめぐる議論の高まりだろう。NPTの下、全加盟国に核軍縮交渉が義務付けられていながら、安全保障を核に頼る保有国やその同盟国は「段階的なアプローチ」を唱え、核兵器廃絶は現実味を帯びていない。しびれを切らした非核兵器保有国が仕掛けてきた。いかに悲惨な結果を招く兵器であるかを国際世論に訴え、核兵器禁止条約などで違法化へこぎつける狙いがある。

 発端は2010年の前回会議だ。採択した最終文書に、核使用が「人道上の破滅的な結果をもたらす」と明記した。スイスなど16カ国がこれに反応。15年の再検討会議へ向け、12年に開かれた第1回準備委員会で「核兵器使用は国際人道法に触れる。全ての国は非合法化に努めたい」との共同声明を発表した。

 「国家レベルで出された新たな提案。注目される論点の一つになりそうだ」。日本政府代表の天野万利軍縮大使(当時)の見通し通り、その後、声明を主導した国は国連総会や準備委の場で同趣旨の声明を重ね、新たな潮流をつくった。5回目となる14年10月の声明には、国連加盟国の8割に当たる155カ国が名前を連ねている。

    ◇

 国際社会の機運を醸成したもう一つの手だてが、3回に及んだ核兵器の非人道性に関する国際会議だ。13年3月にノルウェー政府が呼び掛けて初開催。14年2月にメキシコ政府が開いた第2回会議の議長総括は「法的拘束力のある措置を取るべきだ」と断じた。

 その第3回会議を主催したオーストリア政府が次の一手として、核兵器禁止への努力を誓う文書を今回の再検討会議に出そうとしている。危険極まりない核兵器を禁止、廃棄するには「法的な隙間」があると指摘し、非合法化の土台にもなりうる内容だ。ことし1月に国連の全加盟国に配り、賛同を要求。非政府組織(NGO)の核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)によると、今月17日現在で68カ国が賛同しているという。

 さらにオーストリアと共に非人道性の議論を主導してきたアイルランド、南アフリカなど6カ国からなる新アジェンダ連合(NAC)は軌を一にして、核兵器禁止に関する複数の法的手法を挙げ、どれを採るか議論する場を設けるよう再検討会議に提案する。

 長崎大核兵器廃絶研究センター(長崎市)の中村桂子准教授は「NPT第6条は核軍縮の効果的措置を追求するよう加盟国に課す。オーストリアやNACはこの条文に基づき、法的禁止の在り方を議論するよう投げ掛けており、非人道性をめぐる一連の議論はNPTの下で新たな局面に入った」とみる。

    ◇

 しかしその非人道性を最も知る日本政府は煮え切らない。核兵器の非人道性に関する声明が非合法化に触れた当初の文面では、米国の「核の傘」に頼る安全保障と「相いれない」として賛同しなかった。「いかなる状況下」でも核使用を禁ずるというくだりにも引っかかった。初めて賛同したのは、13年10月の4回目だ。

 ウィーンでの核兵器の非人道性に関する国際会議では、政府代表団長の佐野利男軍縮大使が、核爆発時の救護活動の難しさを議論している最中に「悲観的だ」と発言し、議論に水をさした。

 オーストリア政府の核禁止文書について、安倍晋三首相は3月の参院予算委員会で、日本として協力しない考えを表明した。核の傘に頼る安全保障政策との整合性が問われるのがその理由だ。被爆国が非合法化の流れを妨げる恐れもある。広島市の松井一実市長は長崎市と共に、政府へ署名するよう訴えている。

≪2010年のNPT再検討会議が採択した最終文書(骨子)≫

●核兵器のいかなる使用も人道上、破滅的な結果をもたらすことを深く憂慮
●再検討会議は国連事務総長による核兵器禁止条約の交渉提案に留意
●核保有国は14年に核軍縮の進展状況を報告
●大量破壊兵器のない中東地域に向けた会議を12年に開催
●核軍縮・不拡散など64項目の行動計画で合意
●北朝鮮は全ての核兵器を廃棄し、NPTへ早期復帰
●核軍縮に具体的期限が必要と多数の国が認識

  --------------------

■会議の論点の数々

米露関係

ウクライナ危機で悪化

 米国とロシアは、世界にある核弾頭1万6350発のうち9割超を持つ。その二つの核超大国の関係が昨年のウクライナ危機を発端に一気に悪化。曲がりなりにも進めてきた両国間の核軍縮が滞るばかりか、核をめぐる緊張関係を生み出しかねない状況だ。

 ウクライナは東部は親ロシア派、西部は親欧米派が多い。昨年2月、親ロ派の旧政権が崩壊し、ロシアが3月、ロシア系住民の多いクリミアを編入すると宣言。欧米側が対ロ制裁に踏み切った。

 孤立したロシアは、米ロの新戦略兵器削減条約(新START)に基づく査察の受け入れ拒否に言及。配備戦略核弾頭数を過去最低水準まで減らす、との約束は不透明感が増した。さらにプーチン大統領は、ウクライナ危機の際に核兵器使用準備を指示したと、ことし3月中旬に表明。同時期の大規模演習で、核兵器の限定的先制使用を想定していたことも判明した。

 米国も圧力を緩めていない。2月、ウクライナ東部で、政府と親ロシア派武装組織との停戦合意が発表された後も、政府軍への武器供与の維持を示唆。また欧州でのミサイル防衛(MD)計画を進めている。

 解消の兆しが見えない核超大国の対立は、核軍縮を遅らせるだけでなく、不安に駆られた周囲の国にまで核保有の言い訳を与えかねない。今月14日に、ロシアのエフゲニー・アファナシエフ駐日大使が、17日には米国のキャロライン・ケネディ駐日大使が広島市中区の平和記念公園で原爆慰霊碑に献花し、原爆資料館を見学した。

 被爆の実態に触れた大使たちは本国へヒロシマの思いをどう伝えたのか。NPT再検討会議で大国の振る舞いが見逃せない。

中東問題

国際会議開催 見通せず

 前回のNPT再検討会議の最大の成果とされた、中東の「非大量破壊兵器地帯」化に向けた国際会議は約束だった2012年を過ぎても開催に至っていない。

 核兵器をはじめとした大量破壊兵器のない地域を目指す「中東決議」が採択されたのは、1995年の再検討会議だ。NPT非加盟で地域唯一の核兵器保有国とされるイスラエル、核兵器開発疑惑のあるイラン、いずれにも不信感を抱えるアラブ諸国―。この三つどもえの対立は根深く、具体化にはほど遠かった。

 10年の再検討会議の最終文書に国際会議開催が盛り込まれて以降、準備担当に指名されたフィンランドが関係国を仲介してきたが、調整は付いていない。期待を抱かせただけに、約束が守られない事態に不満を抱えたアラブ諸国が、今回の再検討会議でも挑発的な言動をとりかねない。NPT体制そのものの信頼性も崩れかねず、最大の焦点になるとの見方もある。

核不拡散

イラン合意 一定の前進

 今月初め、イランの核問題をめぐり、同国は欧米など6カ国と包括解決に向けた枠組みに合意した。保有する濃縮済みウランと濃縮に使う遠心分離機を大幅に減らし、国際原子力機関(IAEA)の監視を受け入れる内容。最終合意に向けた交渉を注視する必要はあるが、核不拡散の観点からは一定の前進だ。

 一方、2010年の前回再検討会議は最終文書に北朝鮮の核問題解決を盛り込んだものの、実現はしなかった。むしろ北朝鮮は13年2月、3度目の核実験を強行した。金(キム)正恩(ジョンウン)第1書記の体制下では初めて。その後、4度目の核実験の準備ともとれる動きも見せている。

 中東の過激派組織「イスラム国」がイラクやシリアで勢力を拡大するなど、国際社会には新たな脅威もある。国家だけではなく、テロ組織へ核技術や核物質が渡る道を絶つ対策も急務だ。

岸田文雄外相

保有国との協力 大切に

 ―被爆地選出の外相として、NPT再検討会議に臨む心境は。
 わが国は唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界に向けての国際的な議論をリードするという重要な使命がある。被爆地の思いを胸に、しっかり努力し、現実的、実践的な取り組みを一歩でも前進させたい。

 ―初日の27日に登壇する一般討論演説で、政府代表として何を訴えますか。
 核兵器のない世界を実現するには、保有国と非保有国が協力しなければならないとの立場から発言したい。保有国には透明性の向上と多国間での核軍縮会議を求め、あらゆる国の政治リーダーには被爆地を訪問して実相に触れるよう呼び掛けたい。

 ―日本などが主導する軍縮・不拡散イニシアチブ(NPDI)は、再検討会議の合意文書案を国連事務局に提出しましたね。
 文書案でも提案したが、透明性の向上は核軍縮の大前提だと思っている。保有国が非保有国の不安を和らげ、信頼を得るためにも重要な取り組みだ。NPDIは実際に報告書の形式をつくり、保有国に提出を求めるなど具体的に行動してきた。再検討会議の成果として盛り込めればと思う。

 ―核兵器の非人道性を重くみて、禁止条約の交渉開始を求める声もあります。オーストリアが各国に呼び掛ける、核兵器禁止などを求める文書への賛否は。
 賛成、反対(を明らかに)する必要があるのか。取り組みには敬意を表するが、私たちの提案が再検討会議の合意の中心になるように努力したい。非人道性の議論は、保有国と非保有国が協力するために活用しなければならない。双方の協力を大事にする立場は、核兵器のない世界に向けて遠回りに見えるかもしれないが、結果としては近道になると確信している。

松井一実広島市長

核兵器禁止条約訴える

 ―NPT再検討会議にどんな成果を期待しますか。
 核兵器の非人道性に関する認識が広がっているのは間違いない。最終文書に合意し、核兵器禁止に関わる法的枠組みへ具体的な交渉を進めようと言及されれば一定の成果になる。

 ―その核兵器禁止を求めるオーストリア政府の文書に、日本政府はどう対応すべきだと思いますか。
 文書に理解を示し、賛意を表明してもらうのがいいとの思いで、長崎市の田上富久市長と一緒に岸田文雄外相に要請した。非人道性についての問題意識が相当広まっていて、一歩踏み込んだ対応があってしかるべき状況だと思っている。しかし、日本政府はまだ認識にずれがある気がする。外相には再検討会議に出席して、あらためて世界の動向をつぶさに見てもらい、広島、長崎の認識が的を射ていると実感してほしい。

 ―核に代わる安全保障づくりも唱えておられますが、国際社会で議論は深まっていませんね。
 相手が攻撃するかもしれないから最大限の防御策の兵器を持とうとなる。疑心暗鬼の発想の根源を絶つには信頼醸成しかない。国家という看板があると難しいのなら都市同士でとの思いで、平和首長会議の会員を増やし、着実に交流を深めてきた。広島、長崎が続けるべきだと思っている。

 ―再検討会議の非政府組織(NGO)セッションでは平和首長会議の会長として何を訴えますか。
 被爆の実態と被爆者の思いをまず伝えたい。その上で、NPT体制に入っている国はみな、第6条で核軍縮交渉の義務があるのだから、その約束を一歩進めようと論理展開し、具体化へ核兵器禁止条約をやりましょうと言う。各国には、被爆地の声を受け止め、義務を果たそうという立場にたってもらいたい。

湯崎英彦広島知事

被爆地訪問義務化へ力

 ―広島県知事のNPT再検討会議参加は初めてです。何に取り組みますか。
 被爆70年を迎える中、核兵器の非人道性に焦点が当たっている。その最終目標は禁止、廃絶だが、一気に近づくのは難しい。まずは世界の政治指導者の被爆地訪問を義務付けてほしい。いかに非人道的な兵器か、頭で考えるのではなく自ら確認してほしい。今回の訪米で、この提案が再検討会議の最終文書に盛り込まれるよう働き掛ける。

 ―市との役割分担は。
 広島市が被爆の実態を発信し、共感を呼ぶ土台をつくってくれており、県はその上に包括的アプローチを重ねる。例えば核軍縮、核不拡散などの分野で各国を採点した「ひろしまレポート」や、専門家、外相経験者による円卓会議に取り組んでいる。軍縮へプレッシャーをかけ、いずれは意思決定に影響を与えられるようになりたい。

 再検討会議に合わせ、国連本部でひろしまレポートを紹介する展示をし、「核兵器の非人道性と法的枠組み」をテーマにパネル討議も開く。オーストリア外務省のクメント軍縮軍備管理不拡散局長たち非人道性の問題に関わる要人も登壇する。見解を共有したい。

 ―核兵器禁止を求めるオーストリアの文書に、日本はどう対応すべきですか。
 賛同するしないは、政府の外交上の戦略による。核兵器保有国にインパクトを与えられるのならば賛同すればいいし、そうでないならしなくてもいい。この議論には保有国を巻き込まないと意味がないが、むしろ今は遠ざかろうとしている。追い込みすぎたら「もう人道性の話はしない」とも言い出しかねない。大事なのは今回会議が最終文書を採択し、少しでも核軍縮へ前向きな要素が取り込まれることだ。政府はそこに力を尽くしてほしい。

NPT体制をめぐる主な動き

1945年8月  米国が広島、長崎に原爆を投下
  49年8月  ソ連が初の核実験
  52年10月 英国が初の核実験
  57年7月  国際原子力機関(IAEA)
  60年2月  フランスが初の核実験
  62年10月 キューバ危機。米ソ間の緊張が極度に高まり、核戦争の危機
         に
  64年10月 中国が初の核実験
  68年7月  国連総会でNPT調印
  70年3月  NPT発効
  74年5月  インドが初の核実験
  75年5月  初のNPT再検討会議。以後5年ごとに開催
  76年6月  日本がNPT批准
  85年8月  平和首長会議の前身、世界平和連帯都市市長会議の第1回総
         会を広島、長崎両市で開催
  89年12月 米ソ首脳会談(マルタ)で冷戦終結宣言
  91年1月  米ソが第1次戦略兵器削減条約(START)に調印
  93年1月  米国とロシアがSTART2に調印。未発行
  95年5月  NPT再検討会議でNPTの無期限延長を決定。中東地域の
         非大量破壊兵器地帯化を目指す「中東決議」も採択
  96年7月  国際司法裁判所(ICJ)が、核兵器の使用・威嚇は「一般
         的に国際法違反」との勧告的意見
  98年5月  インドが地下核実験。続いてパキスタンも初の核実験
  99年5月  インド、パキスタンがカシミールで軍事衝突。パキスタン軍
         が核攻撃の準備
2000年5月  NPT再検討会議で、13項目の核軍縮措置を盛り込んだ最
         終文書を全会一致で採択。「核廃絶への明確な約束」をうた
         う
  01年9月  米中枢同時テロ
  02年8月  イランの過去18年にわたる核開発計画を在米の反体制派が
         暴露
  03年1月  北朝鮮がNPT脱退を宣言
  05年5月  NPT再検討会議が決裂。核兵器保有国と非保有国が対立
         し、最終合意文書を採択できないまま閉幕
  06年4月  イランが低濃縮ウラン製造の成功を発表
     10月 北朝鮮が初の核実験実施を発表
  08年10月 米印原子力協力協定が発効
  09年4月  オバマ米大統領がチェコ・プラハで「核兵器なき世界」実現
         に向けた演説
  10年4月  米ロが新STARTに調印
     4月  米ワシントンで初の核安全保障サミット。2回目は12年3
         月に韓国ソウルで、3回目は14年3月にオランダ・ハーグ
         で開催
     5月  NPT再検討会議で、核軍縮の推進に向けた64項目の行動
         計画を柱とする最終文書を全会一致で採択し、核兵器の非人
         道性や核兵器禁止条約にも言及。中東の非核化に向けた国際
         会議の12年開催にも合意したが未開催
  13年3月  ノルウェー政府がオスロで第1回「核兵器の非人道性に関す
         る国際会議」を開催。第2回は14年2月にメキシコがナヤ
         リットで、第3回は同年12月にオーストリアがウィーンで
         開く
  15年4月  NPT再検討会議
27日~5月22日

核拡散防止条約(NPT)
 加盟国に核軍縮交渉の義務を課す唯一の国際条約。「核不拡散」「核軍縮」「原子力の平和利用」が3本柱。冷戦下の軍拡競争の中、1970年に発効し、日本は76年に批准した。95年に無期限延長が決まり、190カ国が加盟している。

 条約は核兵器保有国を米国、ロシア、英国、フランス、中国に限定。非保有国には核兵器製造や取得を禁じる代わりに、原子力の「平和利用」を認めている。事実上の核兵器保有国のインド、パキスタン、イスラエルは加盟していない。北朝鮮も2003年に脱退を宣言しており、条約の形骸化が指摘されている。

 運用状況を点検する再検討会議を5年ごとに開くが毎回、成否は分かれる。2000年は、将来に向けた13項目の核軍縮措置を盛り込んだ最終文書に合意。05年は一転、決裂した。米中枢同時テロを受け、米国が核削減より核拡散阻止を重視したため、非保有国の反発で合意文書を採択できなかった。

 10年は、核軍縮などの64項目の行動計画を柱とする最終文書を採択。核兵器の非人道性や核兵器禁止条約にも言及した。今回の会議で行動計画の進み具合を確認するが、実質的に履行されていないとの悲観的な見方も専門家の間で強い。

(2015年4月24日朝刊掲載)

年別アーカイブ