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社説・コラム

天風録 「エノラ・ゲイ日誌」

 火の玉が街を包んで、衝撃波が同心円状に広がる。はるか上空で爆撃機がくるりと向きを変え、飛び去っている―。原爆投下の出撃前、B29エノラ・ゲイの副操縦士が作戦イメージ図を描いていた▲先月29日に米国でオークションに掛けられ、450万円で落札された。家族による出品リストには飛行日誌も含まれていた。きのこ雲を見下ろして「1番目の原爆、大成功」と書き込んでいた言葉にも胸をえぐられる▲競売があったニューヨークで今まさに、核拡散防止条約(NPT)の再検討会議の真っ最中である。そんな折も折、忌まわしい歴史の記録を金目当てで売りに出したとすれば何という無神経さか。言葉を失ってしまう▲米ロなど核を持つ五大国の厚顔ぶりにあきれる。「前例のない努力で核軍縮はかなり進展した」と自賛する共同声明を出した。段階的にゆっくりやろう、と言いたげに。核兵器禁止条約をけん制する本心が見え見えだ▲日本を含め「核の傘」に頼る国々の弱腰も情けない。追随したのか26カ国で似たような声明を出した。きのこ雲の下にいた被爆者たちが訪米し、すぐ傍らにいるはずだ。火の玉がもたらす地獄絵をあらためて知るべきだろう。

(2015年5月2日朝刊掲載)

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