×

社説・コラム

『潮流』 よみがえる朝河貫一

■論説主幹・佐田尾信作

 作家出久根達郎さんが月1回、オピニオン面で連載している「人に言葉あり」で、歴史学者朝河貫一を取り上げていた。日米開戦を避けるべく、当時のルーズベルト大統領から昭和天皇に親書を出してもらおうと、働きかけた人である。

 明治の初めに福島県二本松で生まれ、米エール大で長く教えた後、終戦から程なく客死した。訃報は世界各国で伝えられたが、日本では新聞の片隅に数行、という扱いだったらしい。

 広島県立図書館の蔵書でも、著書や評伝は10冊に満たない。分厚い「比較封建制論集」「書簡集」は平成に入って編まれ、近年再評価が進んでいるようだ。

 作家安部龍太郎さんの小説「維新の肖像」(潮出版社)では、主人公として登場する。作家が朝河をして語らせたのは「果たして明治維新は正しかったのか」という問いだろう。

 満州事変を境に米本土で強まる排日機運の中、祖国の行く末を危ぶむ朝河は「小説の中の小説」の形で戊辰戦争を描くという設定である。その主人公は、二本松藩士として新政府軍と戦って敗れた父の正澄(旧名宗形(むなかた)昌武)だった。

 維新は功罪相半ばし、奥羽諸藩はその罪の犠牲になった。一方「万機公論に決すべし」とうたった「五箇条の御誓文」のような功もある、と朝河は考える。

 だが時の首相を暗殺する五・一五事件で物語は終わる。維新の功の部分は抹殺され、軍部の独裁が進むだろう、と作中の彼は暗たんたる気分になるのだ―。

 日露戦争の勝利から太平洋戦争の敗戦まで、米留学後の彼は日本の明暗をつぶさに見詰めてきた。数々の警句が今の政治に通じるとすれば、勝者や多数派となっても慢心することなく、声なき声に耳を傾けよ、ということになるだろうか。

 二人の直木賞作家が、軌を一にして着目したのも、偶然ではない気がする。

(2015年5月2日朝刊掲載)

年別アーカイブ