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社説・コラム

社説 ナチスドイツ降伏70年 悲劇風化させぬ視座を

 欧州で第2次世界大戦が終結して、70年の節目を迎えた。

 ナチスドイツは欧州各国に侵攻し、数千万人に及ぶ尊い命を奪った。人種や民族、宗教などの違いにこじつけた排外主義は、ユダヤ人の大量虐殺までもたらした。

 その悲劇を忘れることなく、対立の終息と不戦の誓いを掲げてきたのが終戦の記念式典だったはずである。

 そんな風景が、ことしは一変した。欧州の指導者たちが、ドイツやフランスでの式典には出席しながら、対ナチスで共に戦ったロシア(旧ソ連)での式典はボイコットしたからだ。欧米とロシアとの間に亀裂が生じたウクライナ問題が影を落としているのだろう。

 融和を誓い合ってきた世界に再び、不穏な暗雲が垂れ込めつつあるようだ。

 「過去の過酷な経験を自覚することで、世界の自由と平和に貢献する未来を形づくることができる」

 ドイツでの式典の冒頭、同国のラマート連邦議会議長はこう演説した。負の歴史と誠実に向き合う大切さをあらためて訴え掛けた意味は重い。というのも、現実の世界はかけ離れているからだ。

 ロシアは武力によって、ウクライナ領であるクリミア半島の併合を一方的に宣言した。ウクライナ政府軍と親ロシア派武装組織との戦闘は今も続く。クリミア併合に際し、プーチン大統領は「核兵器を使用する準備ができていた」とも口にした。核で脅し合う冷戦期に先祖返りしたかのようである。

 ロシアへの反発が強まる中、北朝鮮は逆に連携を強めようとしている。海洋進出などで覇権主義的な動きを強める中国も接近する。今回も、習近平国家主席がロシアの式典に出席し、プーチン大統領との蜜月ぶりをアピールした。米国をけん制し、世界の勢力図を塗り替えようとする狙いがあるのだろう。

 「新冷戦」―。そう呼ばれだした、ロシアと欧米との対立はここにきて悪化の一途をたどりつつあるようだ。出口は、まったく見えてこない。

 併せて懸念されるのは、欧州各地で広がる排外主義である。イスラム系の人々や移民を排斥する集会が増え、ドイツではユダヤ教会堂に火炎瓶が投げ込まれる事件も起きた。英国で浮上した欧州連合(EU)からの脱退論にも、移民問題が絡む。

 経済悪化による失業者の増加や格差の拡大が、その底流にあるのだろう。

 今こそ、戦後の原点に立ち戻らねばなるまい。悲劇を風化させないという確固とした意志であり、欧州社会が長年培ってきた多文化共生や寛容といった精神である。

 戦後40年の式典で行われ、語り継がれるドイツのワイツゼッカー大統領の名演説をいま一度、かみしめ直したい。「過去に目を閉ざすものは、結局のところ現在にも盲目となる」  歴史は繰り返すという。過ちを繰り返さないためにも、自国の来し方を振り返り、反省を重ねる責任は将来にわたって課せられていよう。

 負の歴史から教訓をくみ取り、非戦の誓いを新たにする。その務めと視座は、アジア諸国に戦争責任を負う日本社会にとっても人ごとではない。

(2015年5月10日朝刊掲載)

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