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社説・コラム

社説 邦人人質事件の検証 「誤りない」でいいのか

 湯川遙菜さんと後藤健二さんが殺害された過激派組織「イスラム国」による人質事件をめぐり、日本政府の対応を検証してきた委員会が報告書を出した。

 政府が取った一連の対策について、総じて「誤りはない」と結論付けた。2邦人殺害の直後から問題なしとした政府側の主張に沿った中身といえよう。

 本当にそう言い切れるのだろうか。多くの国民は何とか救える方法があったのではないかといまだ思っていよう。報告書を読む限り、疑問は消えない。後藤さんの遺族などからも不満の声が上がっている。

 とりわけ注目されたのは2人が拘束されている可能性が強まった段階で、安倍晋三首相がエジプトで行った中東政策演説をどう考えるかだ。イスラム国と闘う周辺国への2億ドルの支援表明が身代金要求につながったとの見方があった。

 検証委の結論は「適切」である。とはいえ有識者の意見が添えられた意味は重い。難民救済などの非軍事支援であったとしても、イスラム国に脅迫の口実を与えた、という指摘である。報告書においても「今後、対外的発信は十分に注意する必要がある」とする。よく読めば反省すべき点はあったと言っているのも同然だろう。

 もう一つ、検証のポイントとされたのは、殺された後藤さんの妻宛てに何通も犯行グループからメールが届きながら、政府はそのメールを使って交渉をしなかったことだ。

 報告書ではどうか。政府は直接の接触がない段階でテロ組織に屈するわけにはいかないとの考えだったとし、警察庁の分析でも犯人像を絞り込めなかったとして非を認めていない。だが有識者が指摘するように「強い推定を働かせることは可能」で「柔軟に検討を対応すべきだった」のは間違いなかろう。

 さらに日本との関係が良好なヨルダンに、現地対策本部を置いたのは正しかったのか。自国のパイロットの解放交渉を水面下で進めており、結果として問題が複雑化したのは否めない。報告書にある「トルコも選択肢としてあった」という記述は、この対応が適切だったと胸を張れないことの裏返しではなかろうか。

 検証委の委員10人の顔ぶれを見ると外務省や警察庁など「身内」の省庁幹部が並ぶ。しかし中東や危機管理の有識者5人のせっかくの意見や提言を積極的に生かさないと同じような事件への教訓になるまい。そのことを肝に銘じてもらいたい。

 今回の事件をめぐっては、日本の外交のセンスも問われた。イスラム国が人質拘束を明らかにした後で、エルサレムで記者会見した安倍首相の背後にアラブ諸国と対立するイスラエル国旗が映っていたことを疑問視する声もあった。この点にしても、検証作業で掘り下げるべきではなかったか。

 肝心な部分はさまざまに物足りないというのに、検証委は総括で今後の対応として「情報収集・分析能力の強化が必要」とことさら強調した。自民党内にはかねてより、米中央情報局(CIA)のような対外諜報機関の設立を求める動きがある。それに沿って結論を導き出したとすれば大いに問題である。

 その前に中東における外交を立て直すのが筋だろう。

(2015年5月23日朝刊掲載)

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