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社説・コラム

社説 NPT会議決裂 核廃絶の歩み止めるな

 核兵器廃絶を待ち望んできた被爆者にとって信じがたい結末だろう。被爆70年の節目に米ニューヨークの国連本部で開かれていた核拡散防止条約(NPT)再検討会議は、最終文書が採択できず閉幕した。悲願はまたも遠のいた形である。

 イスラエルの非核化を念頭にした「中東非核地帯構想」をめぐり、米国や英国などが反対したことが直接の原因とされる。ただ本質的な理由は、そこにはあるまい。「核なき世界」へ向けた具体的な道筋について、核保有国と非保有国の根深い対立が底流にあろう。

 今回の決裂がそのままNPT体制の崩壊につながるわけではない。しかし、このままでは核軍縮・不拡散の議論は立ちゆかない。その点を国際社会全体で厳しく自省してもらいたい。

 4週間にわたる議論の最大の焦点は核兵器を禁止する法的枠組みについての是非であった。核兵器に頼る核保有国と、廃絶を急ぎたい非保有国の間で、序盤から対立が表面化した。

 当初の合意文書案では核兵器禁止条約などが例示されたが、保有国側の働きかけで削除されてしまった。国際人道法の順守をうたい、核使用の非人道性を指摘する記述もなくなった。いずれも廃絶への歩みを阻む動きにほかなるまい。

 何より核保有国の責任は極めて重い。保有国には核軍縮への「誠実な交渉」が求められているが、米国でみれば巨費を投じて今後60年以上も核兵器を維持する「近代化」を加速する。ロシアも軍縮交渉に後ろ向きだ。このありさまでは、自分たちに有利な核体制を守ろうとしているとしか見えない。

 日本政府のスタンスも検証が必要だ。各国に被爆地訪問を呼びかける文言が削除された件では、確かに調整に奔走した。しかし被爆地の思いに応える努力をどこまでしたのか。実際には終始、核兵器禁止条約に反対した。米国の「核の傘」の下で段階的軍縮に重きを置いているとしても極めて分かりにくい。

 決裂した会議で一筋の光明といえるのは、核兵器禁止を主導するオーストリアが呼びかけた「人道の誓約」に107カ国が賛同したことだ。かつてない動きであり、国連加盟の半数以上が支持した意味は重い。

 だからこそ廃絶への歩みを止めてはなるまい。NPTとは別の枠組みで、核兵器を禁じる新たな条約の制定を目指す動きが早くも浮上している。非人道性の視点から実現した対人地雷やクラスター弾の禁止条約と同様の流れといえる。有志国の主導で条約化されれば、主な保有国が参加しなくとも、核兵器の製造や使用を厳しく規制することは不可能ではない。

 こうした手法について「NPT体制の空洞化につながる」との声も一部にある。ただ核保有国側が廃絶の意志を示さない以上、NPTの限界は明らかだ。

 高齢の被爆者からすれば5年後の再検討会議は待てないという気持ちもあろう。NPT体制に基づく核軍縮・不拡散の議論とは切り離し、核兵器禁止条約に向けた準備を急ぎたい。その動きを被爆国日本こそ主導するべきである。

 被爆地としても非保有国との連携を強めたい。確かに廃絶への道はまだ遠いが、諦めず次のステップを考える時だ。

(2015年5月24日朝刊掲載)

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